彼氏が、亡くなった。
不慮の事故だった。
彼はバイクに乗るのが好きで、私もよく後ろに乗せてもらった。
私は19歳で彼は20歳。
まだ、たったの20年しか生きてないのに、まだ、5年間しか一緒に過ごせてないのに、明日も会えると思っていた彼は、もう二度と戻らない。
「澪生(れい)が20歳になったら結婚しよう」
付き合って5年目の記念日、彼にプロポーズされた。
いつもだったら通らない道。
なんであの日に限って彼はあの道を通ったのだろう。
あの道を通らなければ、飛び出してきた子供がいなければ、何度そう思ったか分からない。
飛び出してきた子供を恨んだ。だって恨まずにはいられない。
当たり前の存在が、突然いなくなる。こんなに苦しいことはない。
「もう息子のことは忘れて、あなたにはあなたの人生があるんだから、幸せになって」
彼がなくなって5年。彼の両親にそう言われたのきの衝撃を忘れなられない。
忘れたくない。
でももう既に彼の声を思い出せなくなっている自分に腹が立って、余計に悔しかった。
その後、公園のベンチでぼーっとしていた。
学校終わりと思われる小学生たちがサッカーをして、帰って、部活終わりの中学生がアイスを食べに来て、帰って。
気づくと公園には私だけで、すっかり暗くなっていた。
「澪生さん?」
ふと、上から声が降ってきた。
見ると、バイト先の後輩の男の子が立っていた。
「陸哉くん? どうしたの?」
「どうしたの?はこっちのセリフですよ。澪生さん今日シフト来ないから代わりに俺が澪生さんの時間帯に入らさせられたんですからね」
「え?! うそ!!」
急いでスケジュール帳を確認する。ほんとだ。今日の午後シフトが入ってた。
「ごめん! 陸哉くん! 完全に忘れてた」
「いや、別にいいですけど。今日は午前だけだから午後から映画見に行こうと思ってたんですよね。楽しみにしてたのに。別にいいですけど。明日までなのに映画。別にいいですけど」
すごく嫌味っぽく言ってくる陸哉くんを見て、クスッと笑う。
申し訳ないとは本当に思ってる。
「ごめんね。かわりに今度なんか奢るよ」
「じゃあ、明日一緒に映画見に行きましょう」
「え? 明日陸哉くん大学でしょ?」
「サボります」
ニカッと笑う彼の口元から白い歯が見えた。
サラサラのマッシュがふわっと風になびく。
「澪生さんのせいで見れなかったんだから、澪生さんは俺と映画を見る責任があるでしょ」
「わかった。じゃあ映画奢るよ」
「お母さん! ねえこの髪型変じゃない?!」
「空生(らい)、そんな髪型に凝ってると成人式遅刻するぞ」
「海生(かい)兄ちゃん、髪型これ大丈夫?!」
「はいはいきれいきれい。ね、父さん」
あれから27年。
陸哉と結婚して24年。
息子23歳、娘20歳。
今でも元彼のことを忘れることはないけど、陸哉の隣にいれて心底幸せだ。
元彼のことを話した時彼はこういった。
「いいよ。忘れなくて。俺が2番目でもいい。でも、生きてる人間の中で、俺のことを1番好きでいて」
この人を好きになってよかったと、そう思う。
今度こそ、この幸せが一生続きますように。
雲ひとつない真夏の空に、ひっそりと祈る。


