夕焼けに染まる道を二人で歩く中、詩織はなんとなく違和感を感じていた。悠真が住む新しい家の場所が、子どもの頃と同じ方向にあるからだ。

「結城くん、家ってどの辺りなの?」
「えっとね、藤田先生に聞いたんだけど、この辺りだよ」
悠真は少し前を指差す。

詩織の心臓がドクンと音を立てた。その先には、彼がかつて住んでいた家がある場所。

「もしかして、あの白いフェンスの家……?」
「うん、たぶんそれ。今日引っ越したばかりだからまだ慣れてなくてさ」

詩織は思わず立ち止まった。足元がふらつきそうになるのをこらえながら、悠真を見上げる。
「ここ、本当に……住んでたことあるんだね」

悠真はきょとんとした表情で詩織を見返した。
「ん?まあ、親からはそう聞いてるけど、全然覚えてないんだよね。なんか、お前も住んでたとか?」

「……うん。実は隣の家が私の家なの」
詩織が小さな声で答えると、悠真の目が驚きに見開かれた。

「え、そうなの?じゃあ、もしかして小さい頃に遊んだこととか……あったりする?」
「……あったよ。でも、それも覚えてないんだね」

詩織の声には寂しさが滲んでいたが、悠真は気づいた様子もなく、申し訳なさそうに頭をかく。
「ごめんな。全然覚えてなくて。でも、なんか変な感じだな。同じクラスで隣の席で、しかも隣の家とか」

「本当にね……変な偶然だよね」
詩織はかすかな笑みを浮かべながら答えた。けれど、その胸の内では、悠真との思い出が次々と浮かび上がってくる。

二人が家の前に立つと、悠真はポケットから鍵を取り出した。
「じゃあ、今日はありがとうな。これからもよろしく、隣さん」

「……うん。おやすみ」
詩織は笑顔を作って答えると、自分の家の方へと歩き出した。

扉を開けた瞬間、詩織はそっと目を閉じた。心に湧き上がるのは、喜びでも悲しみでもなく、ただ言葉にできない複雑な感情だった。

彼の隣にいることができる喜び。でも、忘れられていることの悲しみ――。

窓から見える隣の家の灯りを見つめながら、詩織はそっと呟いた。
「……おかえり、悠真」