昼休みになり、教室は一気に賑やかになった。詩織は隣の席の悠真をちらりと見やりながら、話しかけるタイミングを探っていた。
けれど、悠真は鞄から取り出したサンドイッチを静かに食べながら、周りのクラスメートに軽く笑顔を見せている。

「結城くん、どこから転校してきたの?」
前の席に座るクラスメイトが話しかけると、悠真は少し照れたように答えた。
「前は隣町の学校にいたんだけど、こっちに引っ越してきたんだ。小さい頃はこの街に住んでたらしいけど、正直あんまり覚えてなくてさ」

住んでた……?それなのに覚えてないって?
詩織の胸が再び締め付けられる。幼なじみとして、たくさんの時間を共有したはずの彼が、それを全部忘れてしまっている――。

「へえ、そうなんだ。じゃあ、昔の友達とかいたんじゃない?」
「どうだろう……。まあ、またみんなと仲良くなれたらいいかな」
悠真は苦笑しながら答える。その無邪気な言葉に、詩織は胸がざわつくのを感じた。

その後、悠真はすぐに他のクラスメートに囲まれていった。初日にも関わらず、その明るい性格と柔らかな笑顔で、すぐに周囲に溶け込んでいく。
詩織は自分の席でお弁当を広げながら、彼の背中をじっと見つめていた。

話しかけたい。だけど、どうすればいいんだろう……

午後の授業が終わり、放課後。
詩織は帰り支度をしながら、迷っていた。もし、このまま何も言わずに帰ったら、また明日も隣同士で座るだけの関係が続いてしまう。

教室を出て行こうとする悠真を目で追いかける。気づけば、詩織の足は勝手に動いていた。
「結城くん!」

呼び止めた瞬間、彼が振り返る。
「あ、えっと……」
詩織は言葉が詰まった。何を話せばいいのか全く考えていなかったのだ。

悠真は首をかしげ、少しだけ微笑んだ。
「どうしたの?」

詩織は一瞬の間に覚悟を決めた。過去のことを話すのはまだ早い。でも、それでも何か一歩を踏み出さなければならない。
「帰り、一緒に帰らない?」

悠真の表情が一瞬だけ驚いたように見えたが、すぐに柔らかい笑顔を見せた。
「いいよ。こっちの道とかまだよく分からないし、案内してくれる?」

その言葉に、詩織は少しだけ安心して笑みを浮かべた。
「うん、任せて」

幼い頃のように隣で歩く彼。しかし、その距離はどこかぎこちなく、詩織は心の中で静かに言葉を繰り返した。
忘れていてもいい。でも、もう一度、あの頃みたいに仲良くなれるなら――。