教室のざわめきが静まり返った瞬間、詩織の耳に担任の藤田先生の声が届いた。

「みんな、新しいクラスメートを紹介するぞ。入ってきていいぞ」

扉が開く音。詩織はいつものようにぼんやり窓の外を眺めていたが、教室が息を呑むように静まると、なんとなく視線を扉の方に向けた。

そこに立っていたのは――忘れもしない少年。
結城悠真。幼い頃、隣の家に住んでいた幼なじみであり、詩織にとって特別な存在だった彼。

けれど、その顔を見た瞬間、胸が大きく波打つのと同時に、違和感が彼女を襲った。
悠真は詩織を見ても表情を変えず、ただ軽く頭を下げるだけだった。

「結城悠真です。よろしくお願いします」

彼の声は昔と変わらない。けれど、その瞳には自分を知る光がない――詩織はそれを一瞬で悟った。

「え……?」

小さな声が思わず漏れる。幼い頃からずっと一緒だった彼が、自分を覚えていないなんて、そんなことがあるのだろうか?

「結城、あそこの空席に座れ」

悠真は指示された席――詩織の隣――に向かって歩き出す。その足取りは何の迷いもなく、ただ新しいクラスメートとしてその場所に座るだけのものだった。

隣に座った悠真がちらりと詩織を見て、小さく微笑む。
「……よろしく」

その笑顔は、過去の記憶をすべて失ってもなお変わらない、彼の優しさそのものだった。
けれど、詩織の胸は締めつけられるような痛みに襲われた。

「……よろしくね」
なんとか平静を装って返した言葉は、自分でも驚くほど震えていた。

詩織は心の中で問い続けた。
どうして?どうして悠真は私のことを忘れてしまったの?
そして、この再会が何を意味するのか――詩織にはまだわからなかった。