それから一日後、敵軍が国境を越えて去っていったという報告が来た。味方の兵士たちは、それを聞いて歓声を上げていた。
そうしてヴィンセント様は軍をまとめ、王都へ帰還する準備を始める。わたしはスリジエさんの背にまたがり、小さくなったネージュさんを胸に抱える。スリジエさんの足元では、すっかり元気になったトレが胸を張っていた。
「それでは、わたしたちは一足先に屋敷に戻りますね」
「ああ。気をつけて戻ってくれ。俺も、陛下への報告を済ませたら大急ぎで帰るから」
心配そうな顔をしているヴィンセント様の隣では、ブラッドさんがのんびりと笑っている。
「エリカ殿、わざわざ駆けつけてきてくれてありがとう。君たちがいなかったら、私たちは今頃敗走していた。君たちは私たちを、この国を守ったのだ」
「わ、わたしはただ……ヴィンセント様が心配だっただけですから……それにわたし、何もしていませんし……」
手放しの称賛がくすぐったくて、そう答える。そこに口を挟んだのはネージュさんたちだった。
『謙遜するな。おまえがヴィンセントを助けにいきたいと言わなかったら、おれたちは動かなかった』
『わらわたち幻獣は、人間には執着しないのが普通じゃ。ヴィンセントは何とも言い難い素晴らしい匂いを放ってはおるが、いなくなったらなったで、仕方のないことと受け流す。わらわたちはそういうもの、だったはずなのじゃがなあ』
『エリカがヴィンセントを助けたいって思った。トレたちはエリカの力になりたいって思った。あと、戦いは嫌い。のんびりがいい』
彼らの言葉を、ヴィンセント様がブラッドさんにそのまま伝えている。ブラッドさんは一通り聞き終えて、目を潤ませる。
「ああ、何という絆……! 幻獣たちは、エリカ殿のために、そしてヴィンセントのために、そこまで……!」
『おい、おれたちはただの気まぐれで』
『そのように大仰に感動されても、困るのじゃが』
『トレはどっちでもいいよ』
ブラッドさんの感動っぷりに、幻獣たちも戸惑っているようだった。わたしの頭の上に乗っていたフラッフィーズが、あきれたようにころんとひざの上に落ちてくる。
それを見ていたヴィンセント様が、肩を震わせている。声を出さずに、大笑いしていた。
「……俺は果報者だ。素晴らしい友たちに、最高の妻がいてくれる。戦場で、こんなに愉快な気分になったのは生まれて初めてだ。……ありがとう」
照れくさそうなその声に、思わず彼の顔をじっと見る。今はわたしより少し下にある青灰色の目は、とても優しく凪いでいた。綺麗な黒髪が、朝の日差しを受けてきらきらと輝いている。
「お礼を言うのは、こちらのほうです。無事でいてくれて、ありがとうございました。……待っていますから、今度はちゃんと帰ってきてくださいね」
「ああ、もちろんだ」
そしてそのまま、わたしたちは見つめ合う。お喋りな幻獣たちやブラッドさんは、なぜか黙り込んでいた。
けれどわたしは、そちらを確認することはなかった。目の前の愛しい人の姿から、目が離せなかったから。
そうしてヴィンセント様は軍をまとめ、王都へ帰還する準備を始める。わたしはスリジエさんの背にまたがり、小さくなったネージュさんを胸に抱える。スリジエさんの足元では、すっかり元気になったトレが胸を張っていた。
「それでは、わたしたちは一足先に屋敷に戻りますね」
「ああ。気をつけて戻ってくれ。俺も、陛下への報告を済ませたら大急ぎで帰るから」
心配そうな顔をしているヴィンセント様の隣では、ブラッドさんがのんびりと笑っている。
「エリカ殿、わざわざ駆けつけてきてくれてありがとう。君たちがいなかったら、私たちは今頃敗走していた。君たちは私たちを、この国を守ったのだ」
「わ、わたしはただ……ヴィンセント様が心配だっただけですから……それにわたし、何もしていませんし……」
手放しの称賛がくすぐったくて、そう答える。そこに口を挟んだのはネージュさんたちだった。
『謙遜するな。おまえがヴィンセントを助けにいきたいと言わなかったら、おれたちは動かなかった』
『わらわたち幻獣は、人間には執着しないのが普通じゃ。ヴィンセントは何とも言い難い素晴らしい匂いを放ってはおるが、いなくなったらなったで、仕方のないことと受け流す。わらわたちはそういうもの、だったはずなのじゃがなあ』
『エリカがヴィンセントを助けたいって思った。トレたちはエリカの力になりたいって思った。あと、戦いは嫌い。のんびりがいい』
彼らの言葉を、ヴィンセント様がブラッドさんにそのまま伝えている。ブラッドさんは一通り聞き終えて、目を潤ませる。
「ああ、何という絆……! 幻獣たちは、エリカ殿のために、そしてヴィンセントのために、そこまで……!」
『おい、おれたちはただの気まぐれで』
『そのように大仰に感動されても、困るのじゃが』
『トレはどっちでもいいよ』
ブラッドさんの感動っぷりに、幻獣たちも戸惑っているようだった。わたしの頭の上に乗っていたフラッフィーズが、あきれたようにころんとひざの上に落ちてくる。
それを見ていたヴィンセント様が、肩を震わせている。声を出さずに、大笑いしていた。
「……俺は果報者だ。素晴らしい友たちに、最高の妻がいてくれる。戦場で、こんなに愉快な気分になったのは生まれて初めてだ。……ありがとう」
照れくさそうなその声に、思わず彼の顔をじっと見る。今はわたしより少し下にある青灰色の目は、とても優しく凪いでいた。綺麗な黒髪が、朝の日差しを受けてきらきらと輝いている。
「お礼を言うのは、こちらのほうです。無事でいてくれて、ありがとうございました。……待っていますから、今度はちゃんと帰ってきてくださいね」
「ああ、もちろんだ」
そしてそのまま、わたしたちは見つめ合う。お喋りな幻獣たちやブラッドさんは、なぜか黙り込んでいた。
けれどわたしは、そちらを確認することはなかった。目の前の愛しい人の姿から、目が離せなかったから。

