そうしてまた、ヴィンセント様は旅立っていった。ブラッドさんと共に。
ヴィンセント様を迎えにきたブラッドさんの顔から、いつもの軽やかで明るい表情は消えていた。「何かあったら、すぐに伝書鳩で君に知らせる」と彼は言ってくれた。
たぶん、そんなことを言わずにいられないほど、わたしは暗い表情をしていたのだろう。
留守番の日々が始まってから、わたしは毎日、屋敷の裏の森に通った。前の時と同じように幻獣のみんなに囲まれて、ぼんやりと過ごしていた。
『しかし、また戦とはな。よく飽きないな、人間たちは』
『ヴィンセントは戦いとうはないようじゃが、売られた喧嘩を放置しておくと大変なことになるからのう』
『トレも戦いは嫌い。草が汚れる。草原が嫌な感じになる。空気がちくちくする』
みんなのそんなお喋りの合間に、ぴよぴよというフラッフィーズの鳴き声が聞こえてくる。いつも通りのなごやかな光景に、ヴィンセント様だけがいない。
『エリカ、泣きそう? きれいな花、見る?』
『こら、泣くな……おまえは一日中べそをかいているな。そんなだと、ヴィンセントも落ち着いて戦えないだろう』
『励まし方が雑じゃぞ、ネージュ。乙女というものは、とかく繊細なのじゃからな。エリカ、なんなら気晴らしに空の散歩でもするかの? どこへ行きたい?』
「……ヴィンセント様のところに行きたいです」
無理だと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。スリジエさんは困ったように頭を振って、ふうと息を吐く。
『さすがにそれはちょっと、のう……わらわの翼は強いし、見えずの霧もあるが……それでも、万が一のことがあってはならぬし』
『あいつの荷物に大きめの鏡を忍ばせようとしたんだが、直前でばれたんだよなあ』
『トレだけならすぐに行けるけど、トレは他のヒトを運べないの』
みんなのそんな言葉を聞いていると、自然とため息がもれた。仕方がないと分かっているけれど、それでもがっかりせずにはいられない。
いつか、慣れる日が来るのかな。戦いに出たヴィンセント様を、どっしり構えて待てる日が。
ううん、そんな日はきっと来ない。わたしはきっといつまでも、こうやってひたすらに彼のことを心配し続けるのだろう。
でも、さすがに何か気晴らしを覚えたほうがいいかもしれない。そうやって強引に気分を変えようとしたその時、屋敷のほうから誰かが走ってきた。
「エリカ様、こちらにおられましたか。その、こちらをご覧ください」
それは若い執事だった。彼の手には、小さな小さな紙の筒のようなものが乗っている。
「つい先ほど、伝書鳩がやってきました。エリカ様あてとなっていたため、そのまま持ってまいりました」
嫌な予感を覚えながら、紙の筒を手に取り、開く。
『敵の策略にはまり、ヴィンセントが行方不明だ。私は代理として全軍を率いている。今、配下の者に彼を探させてはいるが……覚悟は、しておいてほしい。私たちも、そう長く耐えられそうにない。じきに、大幅な後退を強いられることになるだろう』
ブラッドさんの署名がされたその手紙に、目の前がすうっと暗くなる。
『どうしたの? エリカ、顔色悪い』
『おれたちは文字が読めないからな』
『ふむ、何か悪い知らせかの?』
わたしの様子にただならぬものを感じ取ったのか、幻獣たちが心配そうな顔で尋ねてくる。がくがくとひざが震えそうになるのをこらえて、短く答えた。
「……ヴィンセント様が、行方不明です」
ヴィンセント様を迎えにきたブラッドさんの顔から、いつもの軽やかで明るい表情は消えていた。「何かあったら、すぐに伝書鳩で君に知らせる」と彼は言ってくれた。
たぶん、そんなことを言わずにいられないほど、わたしは暗い表情をしていたのだろう。
留守番の日々が始まってから、わたしは毎日、屋敷の裏の森に通った。前の時と同じように幻獣のみんなに囲まれて、ぼんやりと過ごしていた。
『しかし、また戦とはな。よく飽きないな、人間たちは』
『ヴィンセントは戦いとうはないようじゃが、売られた喧嘩を放置しておくと大変なことになるからのう』
『トレも戦いは嫌い。草が汚れる。草原が嫌な感じになる。空気がちくちくする』
みんなのそんなお喋りの合間に、ぴよぴよというフラッフィーズの鳴き声が聞こえてくる。いつも通りのなごやかな光景に、ヴィンセント様だけがいない。
『エリカ、泣きそう? きれいな花、見る?』
『こら、泣くな……おまえは一日中べそをかいているな。そんなだと、ヴィンセントも落ち着いて戦えないだろう』
『励まし方が雑じゃぞ、ネージュ。乙女というものは、とかく繊細なのじゃからな。エリカ、なんなら気晴らしに空の散歩でもするかの? どこへ行きたい?』
「……ヴィンセント様のところに行きたいです」
無理だと分かっていても、そう言わずにはいられなかった。スリジエさんは困ったように頭を振って、ふうと息を吐く。
『さすがにそれはちょっと、のう……わらわの翼は強いし、見えずの霧もあるが……それでも、万が一のことがあってはならぬし』
『あいつの荷物に大きめの鏡を忍ばせようとしたんだが、直前でばれたんだよなあ』
『トレだけならすぐに行けるけど、トレは他のヒトを運べないの』
みんなのそんな言葉を聞いていると、自然とため息がもれた。仕方がないと分かっているけれど、それでもがっかりせずにはいられない。
いつか、慣れる日が来るのかな。戦いに出たヴィンセント様を、どっしり構えて待てる日が。
ううん、そんな日はきっと来ない。わたしはきっといつまでも、こうやってひたすらに彼のことを心配し続けるのだろう。
でも、さすがに何か気晴らしを覚えたほうがいいかもしれない。そうやって強引に気分を変えようとしたその時、屋敷のほうから誰かが走ってきた。
「エリカ様、こちらにおられましたか。その、こちらをご覧ください」
それは若い執事だった。彼の手には、小さな小さな紙の筒のようなものが乗っている。
「つい先ほど、伝書鳩がやってきました。エリカ様あてとなっていたため、そのまま持ってまいりました」
嫌な予感を覚えながら、紙の筒を手に取り、開く。
『敵の策略にはまり、ヴィンセントが行方不明だ。私は代理として全軍を率いている。今、配下の者に彼を探させてはいるが……覚悟は、しておいてほしい。私たちも、そう長く耐えられそうにない。じきに、大幅な後退を強いられることになるだろう』
ブラッドさんの署名がされたその手紙に、目の前がすうっと暗くなる。
『どうしたの? エリカ、顔色悪い』
『おれたちは文字が読めないからな』
『ふむ、何か悪い知らせかの?』
わたしの様子にただならぬものを感じ取ったのか、幻獣たちが心配そうな顔で尋ねてくる。がくがくとひざが震えそうになるのをこらえて、短く答えた。
「……ヴィンセント様が、行方不明です」

