そうしてあっという間に、ヴィンセント様の出陣の日になってしまった。軍服に着替えて落ち着き払っているヴィンセント様とは裏腹に、わたしは盛大にあわてふためいていた。
「荷造りは済んだ、お守りも渡した、ええっとそれから……」
「大丈夫だ、エリカ。準備は全て問題なく終わっている。君が手伝ってくれたおかげだ」
「でもわたし、大したことはできていませんし……うう、いっそわたしが戦えたら、一緒に出陣できるのに……」
それは本心からの言葉だったけれど、ヴィンセント様は苦しげに目を細めてしまった。
「さすがにそれは許可できない。どうか君は、安全なところにいてくれ」
「……はい……」
そう言われてしまっては、あきらめるしかない。悲しいけれど。ううん、元から無理な話だって分かってはいたけれど。でも。
しょんぼりとうつむいたその時、ブラッドさんが姿を現した。前に来た時とは違い、軍服をきっちりと着込んでいる。
「さあ行こうか、ヴィンセント。私たちがいれば国境の小競り合いなど、すぐに終わる。泣きそうなエリカ殿を安心させるためにも、一刻も早く戻ってこなくてはな」
「ああ。……それではエリカ、行ってくる。留守を頼むぞ」
そうして二人は馬車に乗り込み、西へ向けて旅立った。どんどん馬車は遠くなっていき、やがて見えなくなる。
それでもわたしは、馬車が去っていったほうを見つめ続けていた。わたしの両脇にはネージュさんとスリジエさんが立ち、わたしの足元にはトレが座っていた。みんな、わたしを気遣ってくれているようだった。
それから毎日、わたしは屋敷の裏の森に通っていた。屋敷にいるとどうしてもそわそわしてしまって、辛かったのだ。
「ヴィンセント様、今どうしているのかな……」
『お主、このところ口を開けばずっとそればかりじゃのう。お主が気をもんだところで、なんにも変わらぬぞ?』
『エリカがぼんやりしていて、トレ落ち着かない。ヴィンセント、早く戻ってきて』
『あいつは強い。エリカ、おまえが心配しなくとも大丈夫だ』
幻獣たちは口々に励ましてくれるけれど、やっぱりどんよりと重い気持ちはちっとも晴れることがない。
トレをぎゅっと抱きしめてネージュさんにもたれながら、深々とため息をつく。
『ああもう、辛気臭いな。おいスリジエ、おまえちょっと様子を見に行ってきたらどうだ』
『あいにくと、わらわはあやつらがいる正確な場所を知らぬ。ある程度近づけば、匂いで探せるのじゃが』
そう言って、スリジエさんがふんと鼻面を上げる。
『そもそも、お主に命令されるいわれはないわ。だいたい、遠くへの移動ならお主やトレのほうが得意ではないか』
『ヴィンセントに聞いたんだが、あの辺りは岩場だらけの荒れ地なんだと。だからおれが跳べるような鏡面も、トレが跳べる草地もろくにないらしい』
『木なら生えてるみたい。でもトレ、草地でないと跳べない』
『だいたい今回のは、戦と呼ぶのもはばかられるようなただの小競り合いだ。ヴィンセントが負ける訳がない』
「でも……ヴィンセント様は、二週間もあれば戻ってこられると、そう言ってました。今日でもう、十五日目です」
今日こそは帰ってくる、きっと今日こそは。そう思い続けて、毎晩しょんぼりしながら眠りにつく。そんなことの繰り返しに、そろそろくじけそうになっていた。
『二週間と十五日、一日しか違わないよ』
『しっ、トレ、それほどにエリカはあやつのことを待ち焦がれておるということじゃ。これが乙女心というものじゃからの、よっく覚えておけ』
『乙女心、不思議』
『とはいえ、ヴィンセントにしてはてこずっているな。行きに五日、一日かけて周囲を偵察して、三日以内に片づける。そうしてまた五日かけて戻ってくる。どんなに長くかかってもそんなものだろうと、あいつはそう言ってたからなあ』
ネージュさんのそんな話に、不安がぶわっとふくれあがる。本当に、何かあったのかもしれない。どうしよう……。
『ああ、そのような顔をするでない。お主はにこにこと笑っておるのが似合いじゃ。これネージュ、お主が余計なことを言うからエリカが不安がっておるじゃろう』
『ネージュ、口がすべった。ダメ。ヒドイ』
『ちっ、面倒だな。ヴィンセントは大丈夫だって言っているだろう』
「荷造りは済んだ、お守りも渡した、ええっとそれから……」
「大丈夫だ、エリカ。準備は全て問題なく終わっている。君が手伝ってくれたおかげだ」
「でもわたし、大したことはできていませんし……うう、いっそわたしが戦えたら、一緒に出陣できるのに……」
それは本心からの言葉だったけれど、ヴィンセント様は苦しげに目を細めてしまった。
「さすがにそれは許可できない。どうか君は、安全なところにいてくれ」
「……はい……」
そう言われてしまっては、あきらめるしかない。悲しいけれど。ううん、元から無理な話だって分かってはいたけれど。でも。
しょんぼりとうつむいたその時、ブラッドさんが姿を現した。前に来た時とは違い、軍服をきっちりと着込んでいる。
「さあ行こうか、ヴィンセント。私たちがいれば国境の小競り合いなど、すぐに終わる。泣きそうなエリカ殿を安心させるためにも、一刻も早く戻ってこなくてはな」
「ああ。……それではエリカ、行ってくる。留守を頼むぞ」
そうして二人は馬車に乗り込み、西へ向けて旅立った。どんどん馬車は遠くなっていき、やがて見えなくなる。
それでもわたしは、馬車が去っていったほうを見つめ続けていた。わたしの両脇にはネージュさんとスリジエさんが立ち、わたしの足元にはトレが座っていた。みんな、わたしを気遣ってくれているようだった。
それから毎日、わたしは屋敷の裏の森に通っていた。屋敷にいるとどうしてもそわそわしてしまって、辛かったのだ。
「ヴィンセント様、今どうしているのかな……」
『お主、このところ口を開けばずっとそればかりじゃのう。お主が気をもんだところで、なんにも変わらぬぞ?』
『エリカがぼんやりしていて、トレ落ち着かない。ヴィンセント、早く戻ってきて』
『あいつは強い。エリカ、おまえが心配しなくとも大丈夫だ』
幻獣たちは口々に励ましてくれるけれど、やっぱりどんよりと重い気持ちはちっとも晴れることがない。
トレをぎゅっと抱きしめてネージュさんにもたれながら、深々とため息をつく。
『ああもう、辛気臭いな。おいスリジエ、おまえちょっと様子を見に行ってきたらどうだ』
『あいにくと、わらわはあやつらがいる正確な場所を知らぬ。ある程度近づけば、匂いで探せるのじゃが』
そう言って、スリジエさんがふんと鼻面を上げる。
『そもそも、お主に命令されるいわれはないわ。だいたい、遠くへの移動ならお主やトレのほうが得意ではないか』
『ヴィンセントに聞いたんだが、あの辺りは岩場だらけの荒れ地なんだと。だからおれが跳べるような鏡面も、トレが跳べる草地もろくにないらしい』
『木なら生えてるみたい。でもトレ、草地でないと跳べない』
『だいたい今回のは、戦と呼ぶのもはばかられるようなただの小競り合いだ。ヴィンセントが負ける訳がない』
「でも……ヴィンセント様は、二週間もあれば戻ってこられると、そう言ってました。今日でもう、十五日目です」
今日こそは帰ってくる、きっと今日こそは。そう思い続けて、毎晩しょんぼりしながら眠りにつく。そんなことの繰り返しに、そろそろくじけそうになっていた。
『二週間と十五日、一日しか違わないよ』
『しっ、トレ、それほどにエリカはあやつのことを待ち焦がれておるということじゃ。これが乙女心というものじゃからの、よっく覚えておけ』
『乙女心、不思議』
『とはいえ、ヴィンセントにしてはてこずっているな。行きに五日、一日かけて周囲を偵察して、三日以内に片づける。そうしてまた五日かけて戻ってくる。どんなに長くかかってもそんなものだろうと、あいつはそう言ってたからなあ』
ネージュさんのそんな話に、不安がぶわっとふくれあがる。本当に、何かあったのかもしれない。どうしよう……。
『ああ、そのような顔をするでない。お主はにこにこと笑っておるのが似合いじゃ。これネージュ、お主が余計なことを言うからエリカが不安がっておるじゃろう』
『ネージュ、口がすべった。ダメ。ヒドイ』
『ちっ、面倒だな。ヴィンセントは大丈夫だって言っているだろう』

