不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした

 トレに声をかけていたら、通りがかったネージュさんとスリジエさんがひょっこりと顔を出した。『知らない匂いがするな』『面白そうじゃの』などと言いながら。

 ブラッドさんは大喜びで、みんなを順に見渡している。彼があまりにも感動をあらわにしているからか、みんなのほうは少々引いているようだった。

「ようやく会えたな、雪狼! あの日あの戦場で、ヴィンセントを守ってくれてありがとうと、私はずっとそう君に伝えたかったのだ!」

 そうやって深々と頭を下げるブラッドさんに、ネージュさんが目をぱちくりさせている。

『……ああ、思い出した。どこかで見た気がすると思ったら、あの時のあいつか。おれの尻尾に触りたがっていた命知らず。……おかしなところは、相変わらずのようだな』

『確かに変わった男のようじゃのう。しかし、わざわざ礼を言うとは律儀で良い』

『トレのこと見ても驚かない。喜んでる。変なヒト』

 それらの言葉を一言一句変えずにそっくりそのまま教えたところ、ブラッドさんはさらにはしゃいでしまった。

 そして三人の許可を取った上で、順になで回している。それはもう、力いっぱい。

『ヴィンセントのほうがなでるのはうまいな。というか、毛をかき分けるな気持ち悪い』

『こっそり羽根をむしろうとするでない。なに、記念に欲しいじゃと? ……エリカ、お主が持っておるものを分けてやれ。お主、わらわの抜けた羽根を集めておろう』

『わしゃわしゃしないで。くすぐったい。このヒト強引』

 ちょっと迷惑そうなこの言葉を伝えようかどうしようか悩んでいたら、ヴィンセント様がブラッドさんを止めていた。

「もう少し節度を持て、ブラッド。幻獣たちが困惑しているぞ」

「だが、私は触りたい。あの見事な毛並み、美しい翼。あんなに素晴らしいものに触れずにいられようか」

「まったく……。お前は獣とみるとすぐに触りたがるが、そのせいで獣に避けられているんだと、何度言ったら分かるんだ」

「分かってはいる。だがそれでも、迫らずにいられない。そういうものだろう? ちょうど、男女の仲のように」

「おい、話がずれているぞ。だいたいそういったことは、俺は不得手だ」

「そうか? あんなに可愛らしい奥方と、こんなに仲良くやっているというのにか?」

「な、仲がいい……そう見えるか」

「照れるのと苦悩するのを同時にやってのけるとは、意外に器用だなヴィンセント。普段の君はあんなに不器用なのに」

 ヴィンセント様とブラッドさんは、とても気楽にお喋りを続けている。いつもよりもヴィンセント様がくつろいでいるようで、それが嬉しくもあり、うらやましくもあった。

 そんな思いを隠しながら微笑むわたしの前で、二人はなおも仲良く話し込んでいる。隣のネージュさんが、おかしそうに笑いながらあくびをしていた。



 それからしばらく、みんなで和やかにお喋りして。やがて、ブラッドさんが帰る時間になってしまった。

 後ろ髪を引かれながらも帰っていくブラッドさんを、ヴィンセント様と二人で見送る。ネージュさんたちは、一足先に裏の森に戻っていた。

 そうして玄関まで来た時、ブラッドさんがふと何かを思い出したような顔をした。

「そうだ、エリカ殿に話しておきたいことがあるのだった」

 彼は玄関から離れたところで、そっとわたしを手招きする。そちらに歩み寄ると、彼は内緒話をする時のような声で言った。

「エリカ殿。ヴィンセントのことを、どうかよろしく頼む。彼は不器用だが、根はとてもいい男なのだ」

 その声には、ヴィンセント様のことを心配しているという思いがありありと表れていた。ああ、二人は本当にいいお友達なんだな。そう思いながら、力強く答える。

「はい、もちろんです!」

「……もっとも、わざわざ頼む必要はなかったかもしれないな。貴族として生まれ育ちながら、笑顔で雑巾を手にし、拭き掃除に精を出せる君は、きっと既に彼の良き理解者なのだと思う」

「あ、えっと、それは……」

 ちょっぴり恥ずかしくなって、下を向きそうになる。でもすぐに、顔を上げた。

 恥ずかしがるのは違う。だってわたしは、ヴィンセント様と共に家事ができることを、とても幸せだと感じているのだから。

「……わたし、これからもヴィンセント様のそばで、彼と共に生きていきたいって、そう思っています」

 胸を張って答えたわたしに、ブラッドさんはそれは嬉しそうな笑みを向けてくれた。その肩越しに、少し照れ臭そうに微笑んでいるヴィンセント様の姿が見えた。