不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした

 いきなり、よく分からない毛の塊がぬっと突き出てきた。それも、クローバーの茂みの中から。地面から生えてきた? まさか。

 あっけに取られているわたしたちの前で、その何かは四つ葉のクローバーをくわえ、ぷちりとむしり取る。

「なんだ、これは……黄緑色の、ネズミ……にしては大きすぎるな。馬……にしてはあまりにも小さいし」

 のんびりと四つ葉を食べているその生き物は、何とも言えない不思議な姿をしていた。

 大きさは犬くらい、体つきはずんぐりとしている。顔は長く飛び出していて、お尻は丸い。細い手足の先には、水かきのついた指がついている。そしてその毛皮は、春の若葉の黄緑色。

「……ああ、思い出した。カピバラだ。海の向こうにいるという珍獣。一度、絵を見たことがある。……いや待て、あれはこんな色をしていなかったな?」

 混乱し切ったわたしの耳に、ヴィンセント様の声が飛び込んでくる。というか、ヴィンセント様も訳が分かっていないみたい。カピバラって、初めて聞いた。

 と、その何かがわたしの手に目を留めた。四つ葉のクローバーを摘もうと手を伸ばして、そのままになっていたのだ。

『あれ、もしかしてこれ、欲しかった? ごめんね。トレ、気づかなかった』

「トレ?」

 子供のような、澄んだ高い声。とてもゆったりとして穏やかな、極端にのんびりした話し方。見た目同様、つかみどころのない声だった。

『うん。いい匂いがして、こっちにきた。そうしたら、おいしいのを見つけた。だから、出てきたの』

「そうなの……」

 呆然としていると、ヴィンセント様がわたしに声をかけてきた。

「どうしたエリカ、もしかしてそれが何か喋っているのか? 俺には奇怪な鳴き声しか聞こえないが。ネズミのような、鳥のような……」

 その言葉に、ようやく落ち着きを取り戻す。わたしには言葉が分かるけれど、ヴィンセント様には分からない。だったらきっとトレは、カピバラではなく幻獣だ。それなら、突然地面の中から現れたことにも納得がいく。

「はい。クローバーを食べるために出てきたとか、そんなことを言っています」

 ヴィンセント様にそう説明して、トレと名乗った生き物に向き直る。

「ええっと……トレさん、でいいの? わたしはエリカよ。こっちの人はヴィンセント様」

『トレの名前はトレーフル。でもトレって呼んで。さん、いらない。それより、アナタにおわびする。クローバーのおわび』

 そう言うと、トレはとことこと歩き出した。その小さな足が踏みしめた地面から、何かの芽が生えてきた。それはあっという間に大きく伸びて、可愛らしい花を咲かせる。

 今までに見たこともないその花は、桃色と白のレースでできたような花だった。あまりの美しさに声を上げると、トレは鼻をひこひこさせながら得意げにあごをそらしていた。

『特別な花、あげる。どうぞ』

「あ、ありがとう……綺麗ね」

「……そうか、その不思議な力……やはり幻獣か。しかし、何とも変わった姿だ。言うならば、草鼠……だろうか」

 首をかしげているヴィンセント様に、トレがとことこと近づいていく。今度は、花は生えなかった。

『トレ、ネズミじゃない。このヒト失礼。でも、いい匂いする。トレが追いかけてきたの、この匂い。トレ、ヴィンセントの匂い好き』

「うむ? 気のせいだろうか、草鼠になつかれたような気がするのは」

 トレにすりよられて戸惑うヴィンセント様と、わたしのすぐそばで揺れている素敵な花。

「……のどかですねえ……」

 自然と、そんなつぶやきがもれていた。