不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした

 その数日後、お昼前。わたしたちは二人一緒に厨房にいた。ヴィンセント様はいつものエプロンを、わたしは真新しいエプロンを身に着けて。

 このエプロンは、なんとヴィンセント様のお手製だ。厨房に入るなら必要だろうと、彼があっという間に縫い上げてくれたのだ。

 メイドのエプロンみたいなフリルはついていない、とても質素なものだ。でも胸元に、小さな花の刺繍がされている。桃色の小花が房のようになった、愛らしい花だ。すっごく可愛い。

 わたしも裁縫はできる。でも、間違いなくヴィンセント様のほうが腕前は上だ。今度、お裁縫も習ってみたいな。

 この間編み物は教えてもらえたけれど、難しくてまだちゃんと覚えられていない。そっちをもう一度教えてもらうのが先かも。

 真新しいエプロンをまとって浮かれているわたしに、ヴィンセント様はびしりと言い渡した。

「料理では刃物や火を使う。不慣れなうちは、必ず俺の指示に従ってくれ」

「は、はい!」

「危ないと思ったら、自分の身を守ることを優先してくれ」

「はい……?」

「いざとなったら、俺を盾にするといい。俺のほうが頑丈だからな」

「……あのう、料理って、そんなに危ないんですか? なんだか、戦場に出るような気分です……」

「確かに、戦場かもしれないな。だが誰も死ぬことのない、そしてうまいものまで手に入る、素敵な戦場だ」

 その言い回しが面白くて、ついくすりと笑ってしまう。それにつられるようにして、ヴィンセント様も微笑んだ。

「それでは、料理を始める」

 おごそかな低い声で、ヴィンセント様がそう宣言した。



 神経を集中して、息を止めて。卵を作業台にこんこんと打ち付けて、そっと開く。ボウルの中に、まあるい黄色がつるりと転げ出た。

「はあ……ようやくちゃんと割れました。でも失敗してしまったのはどうしましょう……」

 隣のボウルには、割るのに失敗してつぶれてしまった卵が三つ。申し訳なさにしゅんとしていると、ヴィンセント様が小さく笑った。

「気にするな。割り損ねたものにも、使い道はある」

 そう言いながら、ヴィンセント様は慣れた手つきで野菜を薄切りにしている。ニンジンが紙のようだ。

「すごい……ヴィンセント様、どうやってそこまでうまくなったんですか? わたしも、そんな風に包丁を扱えるようになりたいです」

 思ったままそう答えると、ヴィンセント様は苦笑しながら答えた。その間も、彼の手は野菜を美しく切り続けている。

「単に俺は、必要に迫られて上達しただけだが……練習を続けていれば、君にもできるかもしれないな。さあ、まずはもう一つ卵を割ってみろ」

「はい!」

 意気込んで卵を手に取り、さらに別のボウルに割り入れる。

「やりました! 二つ続けてちゃんと割れました!」

 思わず飛び跳ねてしまって、子供っぽかったかなとあわてて動きを止める。おそるおそる、ヴィンセント様のほうを見た。

 彼は笑っていた。とても楽しげに、声を上げて。こんな無邪気な顔、できたんだ。

 ちょっとだけぽかんとして、それからつられるようにして笑う。そうやって笑っていられるのが、とても嬉しかった。