ちょうどその頃、ヴィンセントの屋敷の裏手に広がる森の奥で、大きな影が二つのんびりとくつろいでいた。日光浴ならぬ月光浴だ。
『いやあ、こないだはどうなることかと思ったぞ。エリカが頑張ってくれて良かった』
ネージュがううんと伸びをしている。その隣では、スリジエが優雅に座っていた。
『確かにのう。ヴィンセントも意志が強いのはいいことじゃが、ああもかたくなでは、色々と生きづらかろうて』
『まったくもって同意しかないぞ。あいつ、余計な苦労を勝手に背負い込むたちでな。最初っからずっとそうだ』
スリジエが小首をかしげて、話の続きをうながす。それを受けて、ネージュが得意げに説明を始める。
『おれとあいつが初めて出会ったのは、戦場だった。なんだか騒がしいなあと思いながら、かぐわしい匂いを追いかけて野原を歩いていたんだ。そこが戦場だと知ったのは、もっと後だったな』
『かぐわしい匂い……ヴィンセントの、あの素晴らしき匂いじゃな』
『ああ。で、ヴィンセントのところにたどり着いたはいいんだが……あいつはたった一人で、次々押し寄せる敵軍と戦っていた。さすがのおれにも、ただならぬ事態だということは分かったよ』
『なんじゃそれは。何をどうやったら、そのようなことになるのじゃ。戦争というのは、人の群れ同士の戦いであろ?』
『それがなあ、耳を澄ましてみたら……あいつ、味方が逃げる時間を、たった一人で稼いでいたんだ。自分は部隊長なのだから、部隊の者を守る義務があるとかなんとか言いながら』
ネージュが肩をすくめて、首をゆっくりと横に振る。スリジエはあきれたような感心したような顔で、ふうとため息をついた。
『なるほどのう。ほんに、不器用じゃ。自分よりも他人の命を優先させるとは……ようもまあ、今まで生き延びてこれたものじゃの』
『あいつは強いからな。少なくとも、剣の腕だけは。剣狼なんて二つ名をもらっているくらいには。……おかげで変な親近感がわいてしまって、どうにも離れがたい』
『剣狼か。確かに、そんな感じじゃな。しかし心のほうは、てんで不器用でどんくさくて……お主が世話を焼きたくなるのも分かるわ』
『だろう? まったく、エリカを悲しませるのもたいがいにしろと、言葉が通じていたら言ってやるところだ』
『エリカに伝えてもらえばいいじゃろう』
『あいつ、都合の悪い言葉はぼかして伝えるんだよ。おまえも経験があるだろう?』
その言葉に、スリジエは何とも言えない微妙な顔をした。その表情のまま固まって、それから深々と息を吐く。
『いやあ、こないだはどうなることかと思ったぞ。エリカが頑張ってくれて良かった』
ネージュがううんと伸びをしている。その隣では、スリジエが優雅に座っていた。
『確かにのう。ヴィンセントも意志が強いのはいいことじゃが、ああもかたくなでは、色々と生きづらかろうて』
『まったくもって同意しかないぞ。あいつ、余計な苦労を勝手に背負い込むたちでな。最初っからずっとそうだ』
スリジエが小首をかしげて、話の続きをうながす。それを受けて、ネージュが得意げに説明を始める。
『おれとあいつが初めて出会ったのは、戦場だった。なんだか騒がしいなあと思いながら、かぐわしい匂いを追いかけて野原を歩いていたんだ。そこが戦場だと知ったのは、もっと後だったな』
『かぐわしい匂い……ヴィンセントの、あの素晴らしき匂いじゃな』
『ああ。で、ヴィンセントのところにたどり着いたはいいんだが……あいつはたった一人で、次々押し寄せる敵軍と戦っていた。さすがのおれにも、ただならぬ事態だということは分かったよ』
『なんじゃそれは。何をどうやったら、そのようなことになるのじゃ。戦争というのは、人の群れ同士の戦いであろ?』
『それがなあ、耳を澄ましてみたら……あいつ、味方が逃げる時間を、たった一人で稼いでいたんだ。自分は部隊長なのだから、部隊の者を守る義務があるとかなんとか言いながら』
ネージュが肩をすくめて、首をゆっくりと横に振る。スリジエはあきれたような感心したような顔で、ふうとため息をついた。
『なるほどのう。ほんに、不器用じゃ。自分よりも他人の命を優先させるとは……ようもまあ、今まで生き延びてこれたものじゃの』
『あいつは強いからな。少なくとも、剣の腕だけは。剣狼なんて二つ名をもらっているくらいには。……おかげで変な親近感がわいてしまって、どうにも離れがたい』
『剣狼か。確かに、そんな感じじゃな。しかし心のほうは、てんで不器用でどんくさくて……お主が世話を焼きたくなるのも分かるわ』
『だろう? まったく、エリカを悲しませるのもたいがいにしろと、言葉が通じていたら言ってやるところだ』
『エリカに伝えてもらえばいいじゃろう』
『あいつ、都合の悪い言葉はぼかして伝えるんだよ。おまえも経験があるだろう?』
その言葉に、スリジエは何とも言えない微妙な顔をした。その表情のまま固まって、それから深々と息を吐く。

