「わたし、ヴィンセント様のことをもっと知りたい! あなたのそばにいたい! 陰口なんて、他の人がどう思うかなんて、どうでもいいんです!」
ここは王宮で、むやみやたらと声を張り上げていい場所ではない。それは分かっていたけれど、もう止まれなかった。
「ヴィンセント様はちょっと不器用で、でもわたしのことを気遣ってくれる優しい人で! わたしの知らないことをたくさん知っていて! 平民とか貴族とか、そんなことに関係なく、立派で素敵な人です!」
必死に言い立てると、ヴィンセント様の表情が変わった。驚きから戸惑いに、そして悲しげな顔に。
「わたしは、あなたの妻になれてよかったって、そう思っています! わたし、あなたのことが、好きなんです!! だから、離れたくない! わたしのことを思うのなら、どうか、離縁なんてしないでください!」
そこまで言い切った時、ぐらりと世界が傾いた。どうしてだろうと思っていたら、血相を変えたヴィンセント様が走ってくるのが見えた。
「おい、エリカ! 大丈夫か!」
すぐ近くで、ヴィンセント様が呼びかけてくる。気がつけばわたしは、ヴィンセント様にしっかりと抱き留められていた。
「大丈夫……です」
どうやらわたしは、めまいを起こして倒れかけたようだった。そこをヴィンセント様が、すかさず支えてくれたのだ。
彼はわたしの背に手を回したまま、わたしの無事を確かめるようにじっとこちらを見つめている。
「……ヴィンセント様が素早くて、びっくりしました」
「俺は騎士だ。いざという時に動けないようではどうしようもない」
「そうですよね。でもやっぱり、とても格好良かったです。……助けてもらえて、嬉しかった」
自然と笑みが浮かぶのを感じながら、すぐ近くにあるヴィンセント様の冬空色の目をのぞきこんだ。
その目は、不安げに揺らいでいる。迷子の子供のように。彼がこんな表情をしているのは、初めて見たかもしれない。
「……君は……どうしてそこまで、俺のことを……」
「さっき話した通りです。わたしはあなたのそばにいたい。あなたのことをもっと知りたい。形だけのお飾りの妻じゃなくて、本当の奥さんになりたい」
今度は優しい声で、もう一度思いを伝える。ヴィンセント様はじっとわたしの目を見たまま、微動だにしない。
どうしたのかな、もっと何か話したほうがいいのかなと思い始めた頃、ヴィンセント様はわたしをそっと立たせて、視線をそらした。
「……少し、考えさせてくれ。ひとまず帰ろう、俺たちの家に」
俺たちの家。ヴィンセント様はそう言った。わたしも、あの家に帰っていいのだ。よかった、ひとまず離縁されずに済んだ。
ほっと胸をなでおろしながら、ヴィンセント様の後を追いかける。自分でもおかしくなるくらいに、軽やかな足取りで。
『一時はどうなることかと思ったが、何とかなりそうだな。やれやれだ』
『ほほほ、だから言ったのじゃ。少し様子を見ろ、と』
そんな楽しげな話し声が、わたしの後ろからついてくる。その声に、また笑みがこぼれた。
「ああ、そうだ」
ふと、ヴィンセント様が振り返った。いつの間にかその手には、白いハンカチがにぎられている。
「……やはり、涙の跡が少し残っているな」
そう言うなり、ヴィンセント様はわたしの顔をそっとぬぐい始めた。
突然のことに立ち尽くしているわたしの目元や頬を、柔らかなハンカチがなでていく。時折ヴィンセント様の指が頬に当たるのが、とてもくすぐったくて、とってもどきどきする。
「ほら、これでいい」
「あの……ありがとうございます」
ぼうっとしながらお礼を言うと、ヴィンセント様は決まりが悪そうに視線をそらした。
「いや、礼には及ばない。……その、すまなかった。本当に」
そうしてわたしたちは、また歩き出した。二人並んで、ゆったりと。
ここは王宮で、むやみやたらと声を張り上げていい場所ではない。それは分かっていたけれど、もう止まれなかった。
「ヴィンセント様はちょっと不器用で、でもわたしのことを気遣ってくれる優しい人で! わたしの知らないことをたくさん知っていて! 平民とか貴族とか、そんなことに関係なく、立派で素敵な人です!」
必死に言い立てると、ヴィンセント様の表情が変わった。驚きから戸惑いに、そして悲しげな顔に。
「わたしは、あなたの妻になれてよかったって、そう思っています! わたし、あなたのことが、好きなんです!! だから、離れたくない! わたしのことを思うのなら、どうか、離縁なんてしないでください!」
そこまで言い切った時、ぐらりと世界が傾いた。どうしてだろうと思っていたら、血相を変えたヴィンセント様が走ってくるのが見えた。
「おい、エリカ! 大丈夫か!」
すぐ近くで、ヴィンセント様が呼びかけてくる。気がつけばわたしは、ヴィンセント様にしっかりと抱き留められていた。
「大丈夫……です」
どうやらわたしは、めまいを起こして倒れかけたようだった。そこをヴィンセント様が、すかさず支えてくれたのだ。
彼はわたしの背に手を回したまま、わたしの無事を確かめるようにじっとこちらを見つめている。
「……ヴィンセント様が素早くて、びっくりしました」
「俺は騎士だ。いざという時に動けないようではどうしようもない」
「そうですよね。でもやっぱり、とても格好良かったです。……助けてもらえて、嬉しかった」
自然と笑みが浮かぶのを感じながら、すぐ近くにあるヴィンセント様の冬空色の目をのぞきこんだ。
その目は、不安げに揺らいでいる。迷子の子供のように。彼がこんな表情をしているのは、初めて見たかもしれない。
「……君は……どうしてそこまで、俺のことを……」
「さっき話した通りです。わたしはあなたのそばにいたい。あなたのことをもっと知りたい。形だけのお飾りの妻じゃなくて、本当の奥さんになりたい」
今度は優しい声で、もう一度思いを伝える。ヴィンセント様はじっとわたしの目を見たまま、微動だにしない。
どうしたのかな、もっと何か話したほうがいいのかなと思い始めた頃、ヴィンセント様はわたしをそっと立たせて、視線をそらした。
「……少し、考えさせてくれ。ひとまず帰ろう、俺たちの家に」
俺たちの家。ヴィンセント様はそう言った。わたしも、あの家に帰っていいのだ。よかった、ひとまず離縁されずに済んだ。
ほっと胸をなでおろしながら、ヴィンセント様の後を追いかける。自分でもおかしくなるくらいに、軽やかな足取りで。
『一時はどうなることかと思ったが、何とかなりそうだな。やれやれだ』
『ほほほ、だから言ったのじゃ。少し様子を見ろ、と』
そんな楽しげな話し声が、わたしの後ろからついてくる。その声に、また笑みがこぼれた。
「ああ、そうだ」
ふと、ヴィンセント様が振り返った。いつの間にかその手には、白いハンカチがにぎられている。
「……やはり、涙の跡が少し残っているな」
そう言うなり、ヴィンセント様はわたしの顔をそっとぬぐい始めた。
突然のことに立ち尽くしているわたしの目元や頬を、柔らかなハンカチがなでていく。時折ヴィンセント様の指が頬に当たるのが、とてもくすぐったくて、とってもどきどきする。
「ほら、これでいい」
「あの……ありがとうございます」
ぼうっとしながらお礼を言うと、ヴィンセント様は決まりが悪そうに視線をそらした。
「いや、礼には及ばない。……その、すまなかった。本当に」
そうしてわたしたちは、また歩き出した。二人並んで、ゆったりと。

