そんな風にのんびりと旅を続け、二日後にわたしたちは王宮に到着した。陛下のもとに向かうため、そのまま王宮に入る。
スリジエさんが悠々と、わたしたちの後をついてきていた。その背中には、小さくなったネージュさんが嬉しそうな顔で座っている。こうやって、一緒に見えずの霧の中に入っているのだ。
ここは門も扉も大きいゆえ、わらわでも楽に出入りできるのう、などと浮かれながら、彼女は足音を殺しながら歩いている。忍び足の馬なんて、初めて見た。
陛下への謁見自体は、問題なく終わった。優しいおじいちゃんのような雰囲気の陛下は、それこそ親が息子を心配するような目で、ヴィンセント様にあれこれと尋ねていた。
何か困っていることはないか、手助けが必要なら言ってくれ、と。しかも陛下は、初対面のわたしにまでとても優しく声をかけてくれた。
そうして用事を終えたわたしたちは、またのんびりと王宮の廊下を歩いていた。謁見の間の前で待っていたスリジエさんとネージュさんに合流して。
二人はずっともの珍しそうな目をして、あちこちをきょろきょろと見渡し続けていた。というかさっきも、扉が開いた時に謁見の間をのぞいていた。陛下にばれなくてよかった。
そんなことを考えていた時、かすかな話し声が聞こえてきた。
声の主は、通りすがりの貴族たちだ。何だか嫌な目で、遠くからちらちらとこちらを見ている。彼らの視線の先には、押し黙るヴィンセント様がいた。
「まったく、身の程を知らぬやからだな……堂々と王宮を歩くなど、本来許される身ではないというのに」
「剣の腕が立つだけの、猛獣風情が。ああ、血の臭いがぷんぷんするわ」
「隣にいるのが、いけにえ代わりに差し出されたとかいう娘か。まったく哀れだな、貴族の身でありながら平民に嫁がされるとは」
そんな言葉が、切れ切れに耳に飛び込んでくる。間違いない、あの貴族たちはわたしたちのことを噂しているのだ。それも、ヴィンセント様のことを悪く言っている。
頭にかっと血が上る。何か言い返してやりたいと思ったその時、スリジエさんのゆったりとした声が耳に飛び込んできた。
『おやまあ、何ともあからさまな陰口じゃのう。しかしあやつら、もうちょっと上品にやれぬものかのう。幼稚じゃ。面白うない』
『陰口なあ……人間ってのは分からないな。おれが戦場でこいつと出会った時、こいつはやけに頼りにされてたぞ』
『こやつを頼っていたのは、おそらく平民の兵士じゃろうな。で、あちらできゃあきゃあ騒いでおるのは、たぶん貴族じゃ』
『平民に貴族。どっちも同じ人間だろうが』
『わらわもそう思うがのう、平民と貴族は見た目も考えもまるで違っておるのじゃ』
『謎だな。ヴィンセントは平民の生まれで、今は貴族……でもこいつは、何も変わってないぞ』
『じゃのう。だからこそ、こやつは面白いのじゃ』
スリジエさん、意外に人間の事情に詳しいんだ。そんなことを考えた拍子に、ちょっとだけ頭が冷えた。
そのままそろそろと、隣のヴィンセント様を見上げる。噂の中心であるはずの彼は、堂々と正面を見すえて、少しもひるむことなく歩き続けていた。
何か、声をかけたほうがいいのかな。あんなの気にしないでください、とか。でもおせっかいになってしまわないかな。
戸惑い迷っていると、ヴィンセント様は前を向いたままぽつりとつぶやいた。
「気にしなくていい。いつものことだ」
「いつもの、こと……?」
思いもかけない返事に、足が止まる。進もうとするヴィンセント様の袖をつかんで、引き留めた。
「あの……どうか、説明していただけませんか」
こちらを見るヴィンセント様の青灰色の目は、優しくて、悲しかった。
スリジエさんが悠々と、わたしたちの後をついてきていた。その背中には、小さくなったネージュさんが嬉しそうな顔で座っている。こうやって、一緒に見えずの霧の中に入っているのだ。
ここは門も扉も大きいゆえ、わらわでも楽に出入りできるのう、などと浮かれながら、彼女は足音を殺しながら歩いている。忍び足の馬なんて、初めて見た。
陛下への謁見自体は、問題なく終わった。優しいおじいちゃんのような雰囲気の陛下は、それこそ親が息子を心配するような目で、ヴィンセント様にあれこれと尋ねていた。
何か困っていることはないか、手助けが必要なら言ってくれ、と。しかも陛下は、初対面のわたしにまでとても優しく声をかけてくれた。
そうして用事を終えたわたしたちは、またのんびりと王宮の廊下を歩いていた。謁見の間の前で待っていたスリジエさんとネージュさんに合流して。
二人はずっともの珍しそうな目をして、あちこちをきょろきょろと見渡し続けていた。というかさっきも、扉が開いた時に謁見の間をのぞいていた。陛下にばれなくてよかった。
そんなことを考えていた時、かすかな話し声が聞こえてきた。
声の主は、通りすがりの貴族たちだ。何だか嫌な目で、遠くからちらちらとこちらを見ている。彼らの視線の先には、押し黙るヴィンセント様がいた。
「まったく、身の程を知らぬやからだな……堂々と王宮を歩くなど、本来許される身ではないというのに」
「剣の腕が立つだけの、猛獣風情が。ああ、血の臭いがぷんぷんするわ」
「隣にいるのが、いけにえ代わりに差し出されたとかいう娘か。まったく哀れだな、貴族の身でありながら平民に嫁がされるとは」
そんな言葉が、切れ切れに耳に飛び込んでくる。間違いない、あの貴族たちはわたしたちのことを噂しているのだ。それも、ヴィンセント様のことを悪く言っている。
頭にかっと血が上る。何か言い返してやりたいと思ったその時、スリジエさんのゆったりとした声が耳に飛び込んできた。
『おやまあ、何ともあからさまな陰口じゃのう。しかしあやつら、もうちょっと上品にやれぬものかのう。幼稚じゃ。面白うない』
『陰口なあ……人間ってのは分からないな。おれが戦場でこいつと出会った時、こいつはやけに頼りにされてたぞ』
『こやつを頼っていたのは、おそらく平民の兵士じゃろうな。で、あちらできゃあきゃあ騒いでおるのは、たぶん貴族じゃ』
『平民に貴族。どっちも同じ人間だろうが』
『わらわもそう思うがのう、平民と貴族は見た目も考えもまるで違っておるのじゃ』
『謎だな。ヴィンセントは平民の生まれで、今は貴族……でもこいつは、何も変わってないぞ』
『じゃのう。だからこそ、こやつは面白いのじゃ』
スリジエさん、意外に人間の事情に詳しいんだ。そんなことを考えた拍子に、ちょっとだけ頭が冷えた。
そのままそろそろと、隣のヴィンセント様を見上げる。噂の中心であるはずの彼は、堂々と正面を見すえて、少しもひるむことなく歩き続けていた。
何か、声をかけたほうがいいのかな。あんなの気にしないでください、とか。でもおせっかいになってしまわないかな。
戸惑い迷っていると、ヴィンセント様は前を向いたままぽつりとつぶやいた。
「気にしなくていい。いつものことだ」
「いつもの、こと……?」
思いもかけない返事に、足が止まる。進もうとするヴィンセント様の袖をつかんで、引き留めた。
「あの……どうか、説明していただけませんか」
こちらを見るヴィンセント様の青灰色の目は、優しくて、悲しかった。

