それから二日後、わたしたちは馬車に乗って王都を目指していた。
「……ついて来ているな」
「来てますね」
二人一緒に、窓の外を見る。窓ガラスに映るわたしたちの顔は、何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。
視線の先には、軽やかに駆ける桜色の馬。背中には、大きな翼が生えている。もちろん、スリジエさんだ。彼女は、わたしたちの馬車のすぐ横を走っているのだ。
たまには走らぬと、足がなまってしまうからのう。それに人里を訪ねるのも楽しそうじゃ。彼女はそんなことを言って、わたしたちの旅に同行することを決めてしまったのだ。
ちなみに、馬車を操っている御者はスリジエさんに気づいていない。
スリジエさんは『見えずの霧』という特殊な霧をまとい、自分の姿を消すことができるのだそうだ。しかも、姿を見せたい相手には見せたままにしておけるとかで。
だから、わたしとヴィンセント様は彼女の姿を見ることができるのだ。ただそう言われても、いまいち納得できない。本当に、姿が消えてるのかな、あれ。
「幻獣が、姿を隠して王都見物か……前代未聞だな」
「しかも、スリジエさんだけではないですし……」
「そうだな」
短く答えて、ヴィンセント様は馬車の空いた座席に手を伸ばす。そこには、大きな布袋が置かれていた。袋の中身は、大きなお盆ほどもある鏡だ。
スリジエだけついていくなんてずるい、おれもつれていけとネージュさんが大騒ぎしたのだ。
小さくなってスリジエさんの背中に乗せてもらったらどうだとヴィンセント様が提案したのだけれど、それは難しいらしい。ずっと小さくなっているとものすごく疲れるのだそうだ。だから、小さくなって馬車に乗るのも無理、と。
だったら、鏡の異空間を通って王宮にある鏡から出てくればいいのではないか。そう言ったら、ネージュさんは首を横に振った。
『一度目にしたことのある鏡であれば、おれは自由に出入りできる。ただおれはもちろん、王都に行ったことはない』
ネージュさんによれば、知らない場所にある知らない鏡に飛ぼうとすると、少しずれたところに出てしまう可能性があるのだそうだ。
『つまり、おれが王宮に無理に向かおうとすると、どこに出るか自分でも分からん。人間の集まっているところに出てしまったら、それこそ大騒ぎになるかもな』
なのでこうやってわたしたちが鏡を運び、王宮に着いたらネージュさんがここから出てくる。そこからは小さい姿のままで、犬のふりをすればいい。そんなふうに、話がまとまった。
ネージュさんは今、いつもの森でのんびり待っている。わたしたちがいつ頃王宮に着くかは教えてあるので、頃合いを見てこの鏡から出てくる予定だ。
「……幻獣の能力というのは面白いな」
「そうですね」
先日のネージュさんとの会話を思い出しながら、二人で布袋を見つめる。気づけば二人とも、苦笑を浮かべていた。
「それにしても、素敵な袋ですね。ふち飾りが、とっても綺麗……」
この布袋は、ヴィンセント様が用意したものだ。
太めの糸を使った、素朴だけれど繊細なレース編みのふち飾りがとても素敵だ。わたしも編み物はするけれど、これは見たことのない編み方だ。
その時、ふと思った。もしかするとこの飾りは、ヴィンセント様の手によるものかもしれない、と。ネージュさんは、ヴィンセント様の趣味が料理と裁縫だと言っていたし。
「あの、ヴィンセント様。その……このふち飾りって、もしかして」
「……俺が作った。内密にしていてもらえると助かる」
「はい、もちろんです。ただ……もし、よければなんですけど」
ヴィンセント様が、ためらいつつもきちんと答えてくれた。それが嬉しくて、つい図々しいお願いを口にしてしまう。
「屋敷に戻ってからでも、その編み方、後で教えてもらえませんか……? とっても綺麗ですし、どうやって編むのか気になって」
「……ああ」
ヴィンセント様はそれだけしか答えてくれなかったけれど、その口元にかすかな笑みが浮かんでいるのが見えた。
断られなかった。それに、嫌がられてもいない。そのことにほっとして、息を吐く。
ふと、窓の外のスリジエさんが目に入った。春の花のような彼女は、弾むような軽やかな足取りで駆けていた。
「……ついて来ているな」
「来てますね」
二人一緒に、窓の外を見る。窓ガラスに映るわたしたちの顔は、何とも言えない微妙な表情を浮かべていた。
視線の先には、軽やかに駆ける桜色の馬。背中には、大きな翼が生えている。もちろん、スリジエさんだ。彼女は、わたしたちの馬車のすぐ横を走っているのだ。
たまには走らぬと、足がなまってしまうからのう。それに人里を訪ねるのも楽しそうじゃ。彼女はそんなことを言って、わたしたちの旅に同行することを決めてしまったのだ。
ちなみに、馬車を操っている御者はスリジエさんに気づいていない。
スリジエさんは『見えずの霧』という特殊な霧をまとい、自分の姿を消すことができるのだそうだ。しかも、姿を見せたい相手には見せたままにしておけるとかで。
だから、わたしとヴィンセント様は彼女の姿を見ることができるのだ。ただそう言われても、いまいち納得できない。本当に、姿が消えてるのかな、あれ。
「幻獣が、姿を隠して王都見物か……前代未聞だな」
「しかも、スリジエさんだけではないですし……」
「そうだな」
短く答えて、ヴィンセント様は馬車の空いた座席に手を伸ばす。そこには、大きな布袋が置かれていた。袋の中身は、大きなお盆ほどもある鏡だ。
スリジエだけついていくなんてずるい、おれもつれていけとネージュさんが大騒ぎしたのだ。
小さくなってスリジエさんの背中に乗せてもらったらどうだとヴィンセント様が提案したのだけれど、それは難しいらしい。ずっと小さくなっているとものすごく疲れるのだそうだ。だから、小さくなって馬車に乗るのも無理、と。
だったら、鏡の異空間を通って王宮にある鏡から出てくればいいのではないか。そう言ったら、ネージュさんは首を横に振った。
『一度目にしたことのある鏡であれば、おれは自由に出入りできる。ただおれはもちろん、王都に行ったことはない』
ネージュさんによれば、知らない場所にある知らない鏡に飛ぼうとすると、少しずれたところに出てしまう可能性があるのだそうだ。
『つまり、おれが王宮に無理に向かおうとすると、どこに出るか自分でも分からん。人間の集まっているところに出てしまったら、それこそ大騒ぎになるかもな』
なのでこうやってわたしたちが鏡を運び、王宮に着いたらネージュさんがここから出てくる。そこからは小さい姿のままで、犬のふりをすればいい。そんなふうに、話がまとまった。
ネージュさんは今、いつもの森でのんびり待っている。わたしたちがいつ頃王宮に着くかは教えてあるので、頃合いを見てこの鏡から出てくる予定だ。
「……幻獣の能力というのは面白いな」
「そうですね」
先日のネージュさんとの会話を思い出しながら、二人で布袋を見つめる。気づけば二人とも、苦笑を浮かべていた。
「それにしても、素敵な袋ですね。ふち飾りが、とっても綺麗……」
この布袋は、ヴィンセント様が用意したものだ。
太めの糸を使った、素朴だけれど繊細なレース編みのふち飾りがとても素敵だ。わたしも編み物はするけれど、これは見たことのない編み方だ。
その時、ふと思った。もしかするとこの飾りは、ヴィンセント様の手によるものかもしれない、と。ネージュさんは、ヴィンセント様の趣味が料理と裁縫だと言っていたし。
「あの、ヴィンセント様。その……このふち飾りって、もしかして」
「……俺が作った。内密にしていてもらえると助かる」
「はい、もちろんです。ただ……もし、よければなんですけど」
ヴィンセント様が、ためらいつつもきちんと答えてくれた。それが嬉しくて、つい図々しいお願いを口にしてしまう。
「屋敷に戻ってからでも、その編み方、後で教えてもらえませんか……? とっても綺麗ですし、どうやって編むのか気になって」
「……ああ」
ヴィンセント様はそれだけしか答えてくれなかったけれど、その口元にかすかな笑みが浮かんでいるのが見えた。
断られなかった。それに、嫌がられてもいない。そのことにほっとして、息を吐く。
ふと、窓の外のスリジエさんが目に入った。春の花のような彼女は、弾むような軽やかな足取りで駆けていた。

