不器用なわたしたちの恋の糸、結んでくれたのは不思議なもふもふたちでした

 そのまま、気まずい沈黙にひたすら耐えていた。悲しい気持ちを抱えながら。

 と、ふわりと風が吹いた。あれ、急に日がかげったような。

『おや、このかぐわしい香りはお主のものじゃったか、そこの男よ』

 上から突然、優雅な女性の声が聞こえてきた。まろやかであでやかな、思わず聞きほれてしまうような声だった。

 顔を上げると、空中に一頭の馬が浮かんでいるのが見えた。全身が優しい桜色で、たてがみだけ色が濃い。見たこともない色に、背にある大きな翼。この馬って。

「翼のある、馬……? 幻獣か!?」

 ヴィンセント様が立ち上がり、わたしを背にかばう。その背中の広さに、どきどきしてしまった。守ってもらえて嬉しいなと、ついそんなことを思ってしまう。

 幻獣は危険な生き物ではないけれど、人に害をなすこともない訳ではない。というか、幻獣については分からないことだらけなのだ。

『いきり立つでないわ、こわっぱ。たわむれに人を襲うような愚か者とわらわを一緒にしてくれるな』

 愉快そうにころころと笑って、馬が花畑に着地する。その姿は、美しい花畑にとてもよく映えていた。

「えっと……あの馬は、攻撃してくるつもりはないそうです」

「君は、あの翼馬の言葉も分かるのか?」

「たぶん、ですけど……」

 そんな話し合いに、馬が割って入る。

『ほう? そこな小娘はわらわの言葉を解するか。面白いのう』

 淡い金色の目は、どきりとするくらいになまめかしく、色っぽい。 

『ならば名乗ってやろうではないか。わらわはスリジエ、見ての通り幻獣じゃ』

 そう言いながら、スリジエさんはゆったりと歩いてきた。しなやかで優雅なその動きは、貴婦人の足取りを思わせるものだった。

「あっ、わたしはエリカです。その、こちらのヴィンセント様の……妻です」

 勇気を出して、そう名乗ってみる。目の前のヴィンセント様の背中がこわばった。そのことが、少し悲しい。

 やっぱり今でも、彼はわたしを妻として認めるつもりはないのかな。そう思えてしまったのだ。

 スリジエさんは無言で、わたしたちを交互に見ている。

『お主ら何やら訳ありかの? 見たところ貴族か何かのようじゃし……ふむ、もしや政略結婚かえ?』

 まさか、初対面の幻獣にそんなことを言い当てられてしまうなんて。やっぱりぎこちないんだ、わたしたち。泣きたいのをこらえていると、今度はヴィンセント様が声をかけてきた。

「エリカ、翼馬は何と言っている?」

「……その、えっと……」

『なんじゃ、傷つけてしもうたか? すまぬな、エリカ』

 しなやかに頭を下げたスリジエさんが、ぱっと顔を上げる。何か思いついたような顔で。

『そうじゃエリカ、ついでにそやつに聞いてくれぬかえ。わらわはお主の匂いがかぎたいのじゃが、よいかのう? と』

「……ヴィンセント様の匂いをかぎたいんだそうです」

 前のほうの言葉については全部伏せて、スリジエさんの願いだけを伝える。案の定、ヴィンセント様は思い切り複雑な顔になってしまった。

「あの、前にネージュさんが、ヴィンセント様からはいい匂いがするって……もしかしたら、幻獣を引きつける匂いとかが、あるのかな、って……」

 しどろもどろになりながら、そんな言葉を付け加えてみる。ヴィンセント様は眉間にしわを寄せたまま、重々しくうなずいた。

「……匂いをかぐ程度なら、構わない」

 その言葉に、足取り軽くスリジエさんが進み出る。あっという間に、距離を詰めてきた。

『おお、まこと良き香りじゃ……これは癖になるのう』

 そんなことを言いながら、スリジエさんはヴィンセント様の頭や首元に鼻面をすりつけている。がっしりしたヴィンセント様が、ちょっと揺らぐくらいの勢いで。

 わたしも幻獣だったら、あんな風にヴィンセント様に触れることができたのかなあ。そう思ったら、無性にスリジエさんのことがうらやましくなってしまった。

 と、花畑に突然叫び声が響き渡った。

『何しているんだ、おまえ! おれの計画が台無しだろう!』

 次の瞬間、ネージュさんがスリジエさんに突っ込んで、吹っ飛ばした。