そのとき僕はどうしても彼女を手放したくないと思った。お茶の菓子を一緒に作って輸出したかったのは確かだ。

 でも、別な意味で彼女に惹かれていると自分で気づいた。そして、初めて強引な取引を裏で画策した。

 実は莉愛と僕はよく似ていた。僕は千堂製菓の社長になりたかったので、将来の夢も、会社の青写真も自分の中にあった。

 莉愛は傾きかけた家業を救うため、色々考えて夢をあたためていた。

 ところが、その夢も強引な縁談を画策した父親のせいで破れかけていた。

 僕は同じように親のせいで家業への夢を諦めた自分を彼女に重ねていたところもある。

 莉愛の魅力はいつでも前向きで生き生きとして、特に僕を身分や外面で判断しないところにある。

 そんな彼女にどんどん惹かれていった。

 人生であのときほど無茶を承知で動いたのは初めてだ。何かに突き動かされるとはこういうことなのだと身をもってわかった。

 千堂製菓の社長になるという目的以外で、あんなに欲しいと思うものが出来たのも初めてだった。

 ☆ ☆ ☆

 沙也加が大騒ぎをして姿を消した。絶対に兄の所にいると思った僕は思い切って専務の部屋を訪ねた。

 仕事中だと言うのに無理やり入ったらしく、専務秘書が困っていた。そういう社会性のなさも沙也加の一番の問題だった。

 アメリカでは大目に見てもらえたことも、おそらく日本に帰ってくればまた問題になるだろう。

「兄さん」

「やっと来たか……思ったより遅かったな」

「なによ、祐樹なんて最低だわ!助けてあげようと思ったのに……人の気も知らないで……」

「兄さん。いい加減にしてくれ。いい大人がやることじゃない。しかも会社に迷惑をかけるなんて……」

「言っておくが、僕じゃないぞ。父さんが沙也加の父親に諦めさせるため話したらしい。お前、勘違いしているだろう?父さんも、俺も、莉愛さんとのことは反対するつもりもない。そんな権利がないのもわかってる。なぜ本山さんと入籍までしておきながら、僕らに紹介しないんだ」