そこでほんの微かな嗚咽が聞こえた気がして顔をあげる。
「健司ごめん……」
唐突に落とされた涙まじりの呟きと共に、正面に置かれたカードキーにすごい勢いで手が伸びてくる。
脊髄反射のように俺はそのカードキーを、彼女の指が触れる一瞬前にさらった。
「行こう」
俺は一颯の側にまわって彼女の腕をひき、立たせる。
精一杯の虚勢を張り、強気な主張ばかりしていた一颯は、精神的にとうに限界を超えていたのだ。
こんなことが簡単にできるやつじゃない。
さっきまでの勢いはすっかりなりをひそめ、完全に下を向いて唇を震わせ、流れ落ちそうになる涙を左手の甲で必死に堰き止めている。
それでも嗚咽だけは漏れてしまっている。
どうやって決済したのか、俺たちはカフェを出ていた。気づけば一颯の左手をきつく握り、エレベーターに向かっている。
平日で、都会からそれなりの距離があるホテルだから、広いロビーに人は多くない。
感情を排除して機械的に抱こう。
今は辛くても長い目で見ればそれが一颯のためだ。
決意とは裏腹に、一颯の左手を握る力がどんどん増してゆく。

