最強男子はあの子に甘い

「だからそれじゃつまんねぇって言ってんだろ!?」

 そう言って彗くんと言葉を交わした男は私のほうを振り向く。
 それを合図にナイフがより近づけられて、恐怖と緊張で私の体は強張った。

「……危ないから、ナイフを下ろせ」

 静かに彗くんがそれだけ男に告げる。
 
「指図出来る立場かよ!?井原ぁ!」
「下ろせって言ってんだろ!」
「はあ!?聞こえねぇなぁ!」
 
 叫ぶような彗くんの声と、それをあざ笑うかのような男の声が耳に届いたときだった。
 私の肩を抱えナイフを突きつけていた背の高い男の頭に、パーンと何かが勢いよくぶつかる。
 その軽快な衝撃の音と振動とともに男からは一気に力が抜け、その場に体が崩れる様子がスローモーションで私の目に映った。
 そしてあっという間に私のそばに駆け寄っていた彗くんが、力なく握られた男のナイフを遠ざけるように足で蹴り飛ばして私を抱きしめる。

「あぶねぇだろ、乙部!」
「ノーコンみたいに言わないでもらえますか?彗さんの動きも想定して仕留めたつもりですけど」

 いつものように笑顔の乙部さんがどこから持ち出したものか、竹刀を持って私たちのそばに立っていた。
 相変わらず気配を感じさせることなく、背後から加勢してくれたようだ。
 そういう作戦だったのだろうか。
 乙部さんが現れたことに驚いているのは他校のヤンキーたちと私だけだった。

 しかし、ならば姫は――。