「うんん。いいの」
純奈が放った言葉に、友香は止まる。
「修先生は友香ちゃんがお似合いだよ。純粋でまっすぐだし」
溢れ出しそうな涙を、拭って笑顔に。
こんな儚い少女を俺は見たことがなかった。
「修先生、さようなら」
振り向きざまに、彼女をみた。
もうその後姿は、別人のように見えて息が詰まる。
この時俺は初めて、恋というものに溺れたのかもしれない。
だって、心臓の高鳴りがすぐ近くまで聞こえてくるなんてことはなかった。
俺は多分、純奈の欲のない人を想う気持ちに惚れたんだ。
そんな様子を、友香はよく思っていないようだった。
でも、これから暫く純奈を俺は避け始める。
これは怖いというのもあるが、純奈自信を、守りたいとも思ったからだ。
だから、興味のない友香ともつるんだりして、大層つまらない冗談に付き合ったりして。
でも、ついに百合が痛い所を刺してくる。
「修青年、それでいいのかい?」
夕方でオレンジを溶かしたような海辺。
サーフボードを片付けていた時に、百合がやって来たのだ。
「仕方ないだろ。純奈の事を傷つけたし、足止めされたんだよ」
「全く……凝り性のやつめ。そんなので諦めるのかね?」
「お前に言われたくないな。そういうお前は零とはどうなったんだ?」
「修青年は、そうやっていつも話を逸らそうとするな。自分の都合の悪い状況になれば、逃げる教師だったのかね?それだから、純奈に見限られたのではないのかね?」
「うるさいな。でも、あぁ、そうかも知れないな。俺は所詮反面教師だったんだよ。御名答」
サーフボードをカタリと鳴らして、片付け終えた。
「純くん、あの後やはり泣いてたんだぞ?嗚咽を流しながら」
俺はそれでも、歩む足を止めない。
百合は手を掴んで引っ張った。
俺は思わず振り向く。
「やはり……話を聞く限り、純くんは君を必要としてるのだよ!!本人は気づいていないけれど……。その心の傷を埋めれるのは、修青年しかいない!!1回ちゃんと向き合ってから、話し合ってきたまえ!!そうじゃなければ、純くんがかわいそうだ………」
「こんなことが、あってもか?」
俺は、百合に純奈の過去を話す。
「純くんに、そんな事が………」
相変わらずの絶句。
ほらやっぱり。
お前も、俺と同じ考えなんだろ?
「ーーーそれでも、純くんを傷つけようとしないという思いやりを………今の対応だと否定しかねないよ。修青年」
百合は顔を上げて、俺の目を見た。
それは曇りのない、真剣な顔つきで。
「……何でそんな事が言えるんだ?」
「だって……友くんと夜道で歩いている時、純くんは二人でいることを譲ったんだろう?未熟ながらも、思いやってーーー泣きたくなるような「好き」という、感情を抑え込んで。その思いやりを教師である修青年がフォローしなくて、どうするのだね!!」
全くもっての正論だ。
教師として、生徒に気を使わせるのもおかしい話。
その気遣いをも、踏みにじっているのもあってはならない事だ。
「もう一度、ちゃんと話し合ってくるべきなのだよ。これは。さぁ、行ったまえ!!」
背中を押された先には、純奈がいた。
そうだ……そうだよ。
俺は、確かに生徒の誰の手にも入らないような「教師」だ。
だけど誰の手にも入らないからといって、生徒を拒絶して、歩み寄ろうとしないのは良くないんだ。
そんな単純なことも、分からなかったなんて……。
「純奈……?俺だ。話たいことがある」
純奈が振り向く。
驚きに満ちたような顔をしていた純奈。
それもそうだ。
俺が歩み寄ろうとしなかった結果だから。
だがその瞬間、肩をたたかれまた厄介な輩が現れる。
「友香……?」
呆気にとられていると、友香は俺の頬を押さえた。
「ごめんね……修っち」
唇と唇が触れた。
それは友香と俺。
突然の出来事で困惑する中、友香は言った。
「これは、花子さんの許可は頂いてるから。正式なの」
純奈はまた、俺の元から去っていく。
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