「じゃあ、三津田さんは知ってる?」

 男の子は、今度は考える素振りすら見せず「聞いたことないな」と即答した。

「『ミツダ』ってどういう字なのか知らないけど、そんな名前の人はこの辺にいないはず。その人、本当に村の人?」

 やっぱり恐るべし田舎。

 村全体が顔見知りって、誇張じゃなさそうだ。

「はは、ごめんごめん。今のは私の苗字。私、三津田香織っていうの」

 自己紹介しつつもこっそり男の子の顔色をうかがった。

 人を試したことで多少気が咎めたが、幸い男の子は気にも留めてないようだ。

「そういえば自己紹介まだだったよね。僕はね、ヤコって名前なんだ」

「ヤコ?」

 私の心を見透かしたように、「変わってるよね」と言って男の子……もとい、ヤコは笑った。


 変わってるっていうか、女の子みたいな名前だと思った。

 でも考えてみれば父親の名前は『結月』だし、伯父の名前は『志乃』だ。

 この村では、女の子っぽい名前を付けるのが風習なのかもしれない。

「ところで、香織さんっていくつ?」

 突然名前を呼ばれたことにドキッとしながらも、何とか平静を保って「香織でいいよ」と返した。

「私は十六だよ。高校一年生」

「同い年なんだね。僕も高一。分校は中学までだから、隣町の高校に通ってるんだ」

「へえ、電車あるの?」

「バスが出てるんだよ。本数少ないし、乗ってる人あんまりいないけど」

「いいじゃん。こっちなんか電車通学だから大変だよ。毎日ほぼ満員だし。改札通るの失敗するとすごく気まずいんだから」

「でも、バスだとすごく時間かかるよ? それに、同級生が多い方が楽しそう」

「確かに同級生が多いのは嬉しいかも。まあ、その分気が合わない奴も結構いるけど」

「人が大勢集まってるんだから、それは当たり前だって」とヤコは呆れたように言った。

「でもここに来て思ったんだけど、やっぱり同年代いないと寂しいね。叔母さんと叔父さんとはあんまり話合わないし、親戚の子だってまだ小さいからさ」