『結び目』

走ってきた愛は、
じっとこっちを見て、

ニコッと笑った。

「愛さん、どうして、、」

じっと愛は晴翔を見る。

「愛だよな?」

「ねえ、愛さん。どうして、いなくなったんですか。」

すると、ギュッと手を握りしめて、店の方へ手招きをした。

トコトコと、店に入ると、河野が走ってきた。

河野の横にまた知らない女がいた。

ショートボブのキツめのメイクの女。

西崎が目を見開いた。


どうやら知っているらしい。

「神崎、、先輩。」

「久しぶり。西崎さん。」

でも、仲良くはないらしい。
どちらもする愛想笑いがそう感じざるを得なかった。

「花菜、お財布、」

「あ、る、よ、お、い、で。」

やけにゆっくりな話し方。

そして、河野は“はな”というらしい。

財布を手に愛は戻ってきた。

「ありがと。」

ニコニコと笑う愛は、さっきとは違って、心からの笑顔だったと感じた。

「ねえ、愛。」

愛はこっちを向かない。

「愛、」

はなとやら、河野がトントンと愛を叩いて、俺の方を指差す。

ペコッと河野は部屋へ戻った。

俺はあるビデオを再生した。

愛はずっと俺の方を見ていて、ビデオを聞いて、



「ねぇ、愛。」

西崎が神崎と話し終えてこっちに走ってくる。

もし、俺の勘があっているなら。


サラッと愛の髪を耳にかけた。

愛は落っこちそうなくらい目を見開いて、
俺を見ていた。

ニコッと微笑んで、少し泣きそうな顔をしていた。

「愛、聞こえてないよな。」

またギュッと手を握りしめている。

ポンポンと頭を撫でた愛の耳に付いていたのは、
紛れもなく、






ー補聴器。

西崎が息を呑んだ音がした。


なんだかおかしいと思った。

店で話していた時から、ずっと話している人の口元ばかりを見ていて、

河野花菜はすごくゆっくりな話し方をしていて、

暗いところではきっと晴翔の口が読めなかったんだと思う。


「黙っててごめんね?」

ふふっとイタズラがバレたように戯けたが、
手がまだ握りしめられている。

あと、もう一つ、愛が聞こえないことに気づいた点があった。


あの時に流したビデオは、

唯葉ちゃんの遺言だから。


愛が何も思わない筈がない。

ビデオを流しているとき、愛はずっと俺を見ていた。


泣き叫ぶこともなく。

最初は、性格が変わったのかと思っていたけど、

花束を思い出すと、唯葉ちゃんを忘れるなんてきっとできないと思う。


だから、もしかしたら、、。

聞こえないんじゃないかって。

俺たちは一度西崎の家で話し合うことになった。

風邪ひくとよくないし、暗いところでは愛がやりにくいから。

愛は少し俺の方を見て、ギュッと袖を握ってきた。
怖かったのか、罪悪感なのかはわからない。