「すいません。僕って頭悪いんで、そーゆー学者チックなことは考えられないす」
与崎は目が点になった。
呆然とする与崎を尻目に、灰田は「じゃ、僕そろそろ帰りますね」と呑気に言う。
「あ。でも、一つだけ分かったことがあるんすけど」
「……なんだ」
灰田はにんまりと唇を歪ませ、嘲笑の形をつくる。
「先輩って、要領悪いんすね」
ロクでもないことを言い残し、灰田は牢から去っていった。
扉が軋み、与崎の一日の活動は終わった。
次の日また灰田が来るまで、与崎はこの暗闇の中で独りぼっちだ。
美弥、という与崎の呟きが雪のように儚く、牢の静寂の中に融けていく。
前原美弥。
彼女に関わったことが全ての始まりだった。
黒いカーテンの向こうに小柄な少女を初めて見たときは、『すげー美人だな』というありふれた感想しか出てこなかった。
美弥の美しさは、それだけに圧倒的なものだった。
肩の辺りで切り揃えられた、黒曜石のように艶やかな黒い髪。
餅のように白くなめらかな肌に、ほんのりと赤い唇。
令和の白雪姫か、と驚くような配色もなかなかのものだが、何よりも顔の造形が圧巻だった。

