落ちこぼれ悪魔の扱い方

父は美弥に笑いかけている。

愛想の良い満面の笑み。それがおかしいのだ。


本物の父は、娘にこんな表情を向けたことがない。

日常全部でもそうだし、取材のときですら稚拙で不気味な笑顔しか浮かべられない。

父がもし大柄で厳つい顔だったら、取材を脅迫と勘違いされて何回か通報されていただろう。


たまにまともな笑顔をすることがあっても、こんなに大胆には笑わない。

笑うときはいつも控えめで、どこか不本意そうにも感じられた。


目の前の父は恐らく、美弥の脳内で勝手に生み出された偽物だ。

美弥は恐怖に震える手で布を元に戻す。

似て非なるものが、一番恐ろしかった。

「『不気味の谷』って言うんだっけ……」

美弥は気を紛らわせようと、小さな声で独り言を呟いた。


そのとき、布の向こうが微かに動いた。

美弥は凍りつく。

心臓がどくんと大きく跳ねる。

「美弥」

鏡の向こうから、声が聞こえてきた。


いつかのときに聞いた与崎の声とは違う。

そんなに若々しくない。

与崎の声よりもっと低くて、もっと渋い。

怒りがそのまま染みついてしまったような、無愛想な低い声。


親父の声だ。今度は間違いなく。

「美弥」

再び声が聞こえる。