そのときだった。
遠くから聞こえる女の金切り声が、美弥たちの鼓膜を揺るがした。
「撤退! 撤退!」
女はそう喚いている。
男二人は動きを止め、互いに顔を見合わせた。
何があったの? と尋ねる間もなく、安藤がサバイバルナイフをしまって一目散に走っていく。
大柄な男は最後に一発美弥に蹴りを入れると、安藤の後を追って走っていった。
美弥は唖然としていたが、右腕の痛みで現実に引き戻された。
ずっと美弥の体重を支えていた右腕は、限界が近い。
慌てて左腕で支柱を掴もうと試みるも、指先が激しく痛んで失敗に終わった。
まずい、まずい、生き延びるって決めたのに、このままじゃ……。
「美弥!」
聞こえるはずのない声が耳に届き、美弥は顔を上げる。
目を凝らすと、遠くから走ってくる黒い影がおぼろげに見えた。
「美弥!」
影は再び叫ぶ。
そっけなく突き放すような声、だけどどこか温かみのある声。
……幻覚と幻聴、かな。
美弥は自分に言い聞かせようとしたが、どうしても一縷の希望をかけて影を見つめ続けてしまう。
朝の光に照らされ、影のディテールがはっきりしてくる。
黒いスーツに黒いベール。間違いない。
紛れもなく、与崎だ。

