「与崎」
ドアの前から声をかける。もちろん返答はない。
「鏡来たよー」
美弥は構わず言い、その場に全身鏡を置く。
相変わらず部屋の中の与崎は動く気配がなく、ずっと沈黙していた。
「もう帰っていいから。迷惑かけてごめんね。後、掃除してくれてありがとね」
美弥は早口で伝え、廊下を引き返した。
リビングに戻って一息ついたとたん、父の部屋の方からドアが開く音がした。
美弥は耳をそばだてる。
微かな足音と、何かを引きずる音が聞こえた。それから、ドアを閉める音。
美弥がいなくなったのを見計らって、与崎が鏡を部屋に入れたのだろう。
「感じ悪いな」
思わず声に出てしまい、美弥は「おっと」と口元を手で覆う。
うっかり最低なことを考えてしまった。
自分など感じが悪いどころか、もろに露悪的なことを言ったのに。
何はともあれ、もう与崎は帰れるのだ。
これ以上気にすることもあるまい。
適当に納得し、美弥は夕飯の支度に取りかかろうとした……が、あいにく冷蔵庫の中は空だった。
そういえば、買い出しがまだだったかもしれない。
美弥はリビングを出て、一応父の部屋のドアをノックする。
返事はない。やっぱり帰ったようだ。
出かけても大丈夫だと判断し、美弥は鞄を持って家を出た。

