すみれ以外の誰もが、
驚いて梶木を振り返った。
すみれは構わず「ガーゼ」と
器械出しからそれを受け取る。
そして構わずメス入れようとすると、
再び梶木の声がそれを遮った。
「オペは中止だ。
ご両親がそう望んでいる。
これ以上娘の体に傷をつけたくない、と」
いつもは穏やかな
どこにでもいる老人のような声の梶木が
珍しく険しい表情で言った。
これ以上傷をつけたくない…。
ファロー四徴症の子どもは
何度も手術を必要とする。
それは術者の腕に関わらず、
疾患そのものがそういうものだ。
それは心美の両親もよく理解しているはず。
だからこそ、すみれは顔を上げずに
冷静に答えた。
「この症状はオペすれば助かる」
「もちろんそう伝えた」
「じゃあどうして?」
すみれがルーペの奥で
視線だけを直接梶木に向けた。
梶木は一呼吸置いて、
その場のスタッフ全員に説明する
口調で続けた。
「田中さん、最近2人目を授かったそうだ」
その言葉の意味に周囲がハッとする中、
すみれは「それで?」と梶木に問う。
「この子はもういらないと?」
冷ややかな声が響いた。



