パーフェクト・フィグ




麻酔科や看護師たちが
予定時間10分に驚いている間にも
手術は着々と進んでいた。

下っ端麻酔科医が思わず「はや」と呟く。

隣にいた東郷は、すみれの素早い手の動きを見て
マスクの下で不敵な笑みを浮かべて言った。


「本気出したらヤバいってやつかな?」


すみれの潜在能力を見抜くように、
東郷の瞳がギラリと光る。

あまりにも早い手さばきに、
看護師も麻酔科医も、
助手の医師でさえも
すみれについていけていなかった。


「やっぱり藤原っちだったかなぁ」


東郷が言うと、下っ端麻酔科医が
不思議そうな顔で東郷を見た。

東郷は、患者の頭側から
術野を覗きつつ、
囁くような小声で言った。


「小児心臓に、指導できるレベルで
 つけるのって、正直彼ぐらいよ。
 教授でもこのスピードには無理」

「東郷先生は?」

「俺は無理よ。
 あんまり好きじゃないんだよ。
 急ぎたくないもん。
 ゆっくりしてたいじゃない」


無理と言いつつやってのけながら、
雑談をしている合間にも
すみれは胸を閉じる作業に取り掛かっていた。


「洗って閉じて終わります。
 バイタル…」

「異常なし」


東郷が答える。

すみれは小さく頷いて、
その幼く穏やかな見た目とは裏腹の
とてつもなく素早い指の動きで
糸を縛る作業を繰り返した。

最後の糸がパチンと切られたところで、


「終了」


タイマーが止められる。

時間は8分40秒。

過去最短記録の手術に
なることなど関係なかった。

早くカレーが食べたい。
ただそれだけのことだ。

だがそんなことを他のスタッフが知るはずもない。

すみれは子どもの顔をじっと見つめてから
モニターを確認した。


大丈夫…。


そう確信すると、
たちまち空腹感が襲ってきた。



「…私のカレー」

「ん?なんですか?」


すみれの独り言に、
助手の外科医が反応する。

すみれはそれに応えず、
23時を過ぎそうな時計を見上げていた。