春はあけぼの。
(はぁ~、季節にだって大昔の人はこんなに素敵な名前を付けてるのに…
私は一回だって誰かを好きになったことなんてない…)
枕草子の最初の一文を読みながら前岡桃子(まえおかももこ)は悩んでいた。
桃子の悩みはいつだって同じ、「他人を好きになったことがない」だ。
(もちろん、一緒に住んでいるママ、弟のゆうき、ペットのごろにゃん、まぁパパも一応好きだけど…
違うんだよ~、私は他人を好きになりたいの!友達ってわけじゃない!)
「男の子を好きになりたいの~!!」
「はい、桃子さん、発情するのはいいけど授業中は謹んでください!」
「えっ!桃子声に出してたの!?」
クラスに笑いがこだましている
どうやら古文の授業中に思ったことが口に出ていたようだ。
(とっても恥ずかしい…死にたいよ~)
恥ずかしさに身を悶えていたらチャイムがなっていた。
「も~もこ!発情期まっさかりなんだって!?」
親友の月子が休み時間にやってきた。
高山月子(たかやまつきこ)は高校1年の時に同じクラスで
どちらも中学からの友達がいなくクラスの誰にも緊張で話しかけることができなかった。
そんな中、何となく余っていた2人でゴミ捨て当番をした時に話したことがきっかけで
その時以来ずっと仲良しだ
友達なんてこんなきっかけしだいなのかもしれない
2年生に進級した時、クラスが別になってしまい一緒に泣いてしまうほどお互いに親友と呼んでいる
「違うよ!思ってたことがなんか声に出ちゃったんだって!」
「それって…本当に発情してんじゃん!!(笑)」
「あああ、違うんだけど、そうなんだって!!」
「言ってること無茶苦茶だなぁ~(笑)もう、学年でも話題だよ…桃子発情中って!」
「噓だああああ!!死にたいよおおお!!」
「帰り道に気を付けなよ!お・そ・わ・れ・ちゃう!!」
「いやだあああああ!!」
こうして古文発情宣言事件は私にとって大きな黒歴史となった。
なんでこんなことになったかというと
私は産まれてこのかた17年間、男の子を好きになったことがないのだ。
周りの友達は早い子だと小学生、いや幼稚園にだって好きな男の子の話をしていた。
実際に中学生にもなると隠れて付き合っている子もいたし(なんで隠すかはわからなかったけど)
高校にもなると公にやれ彼氏がどうしたのやら、彼氏がおもしろいだの…
こちかと彼氏どころか、男の子を好きになったこと自体ないっつうの!
実は告白されたことだってある。
中学生の時に隣のクラスで一度も話したことがない男子から急に呼び出されて
手紙と一緒に「好きです!付き合ってください!」と言ってくれた。
その時はびっくりしたのもありとっさに「ごめんなさい!」と断ってしまった。
後で見た手紙には私のことをいつ好きになって、どんな気持ちになったかを赤裸々に綴ってあった。
当事者の自分の方が恥ずかしくなるほどだった。
この時からかもしれない、本当に異性を好きになるってどんな気持ちなのか興味が出てきたのは。
そして今まで一度もその感情が出たことはない。
発情宣言事件の後、言い訳をしながら学校の帰り道にこのことを月子に相談すると
「え~、てかなんでその子は手紙だけ渡さずに、一緒にその場で告白しちゃったんだろうね?」
「えっ、そ、それは勢いで言っちゃったんじゃないかな?わかんないけど」
「う~ん、手紙だけ渡して気持ちに気付いてもらってから桃子に告白した方が考える時間があったと思うんだよね。
一度も話したことないんだし、まっ、別にどうでもいいかっ!」
「ちょっと!確かに手紙を読んでからの方が私としては良かったかもしれないけど…じゃなくて
私の悩みについて真剣に考えてよ~」
「はいはい、男の子を好きになったことがないってことね」
「そうそう、じゃあさ月子はどうなの?好きな子とかいないの~?」
「いるよ」
「えっ、そ、そうなんだ。へぇ~大人じゃん。」
月子の即答に私は驚きが隠せなかった。こんなに一緒で近くにいる人に好きな人がいることにさえ気がついていなかった。
「大人ってなんだよ!(笑)。別に私はいいじゃん!今は桃子の悩みでしょ!」
「そ、そうだけど…。ねえねえ!月子の好きな人ってだれなの?教えてよ!」
「な~いしょ!桃子が好きな人が出来たら教えてあげる!」
「ええええ、一生教えてもらえないかも…」
たわいもない話をしていたら私の家に着いてしまった。
「桃子!そんなに難しく考えんなって!また話聞いてやるから!」
「月子様~。ゆめゆめ忘れますん」
「古文の使い方も間違えてるならダメだな(笑)じゃあね!」
「うん!ありがとうね!」
そう言って、月子はダブルピースをしながら長い髪をかきあげて夕日の一本道を歩いて行った。
後ろ姿は綺麗なんだよな、月子
そんなことを思いながら自分の部屋に戻っていく
着替えを終えて部屋着に着替えてもまだ頭の中は好きな人についていっぱいだった。
(はぁ~私にも月子みたいに好きな人できるかなぁ~)
お風呂に入っている時も月子に好きな人がいることを考えてしまった。
「桃子!宿題終わったの?!晩ご飯出さないわよ!」
「あっ!そうだった!」
お母さんが洗濯機に洗濯物を入れながら私を現実に引き戻す。
「やるから!今日のおかず教えてよ~」
「あんたの好きな、ハンバーグ♡」
「大好き~!!早く宿題やるね!」
ああ、こんなにもはっきり好きなものがあるのに…
夕食を終えて、一息ついた
ペットの猫のごろにゃんがすり寄ってくれる
「ごろにゃん、あんたはどうしてそんなにかわいいの~。桃子も好きだよ~」
「あんたも私が好き?好きだよね~。だってこんなに一緒にいるんだもん」
はぁ…やっぱり家族に対してはなんか好きって気持ちは自然と出てくるなぁ~
ごろにゃんが困ってたら絶対に助けるもん!
例え自分が傷ついたとしてもごろにゃんを守りたい!
こんな気持ち、男の子に感じたことないよ~
難しいなぁ~
人を好きになるってどんなこと?
そんな考えがぐるぐる頭の中で回っていると気が付いたら寝ていた。
寝覚めは最悪だった。
ごろにゃんと一緒に寝ていたのだが、布団をいつの間にかごろにゃんが取っていたらしく
私はベットの端っこでうずくまりながら寒さに耐えていた。
ごろにゃんは私を守ってくれないんだね!!
そんな嫌な感情があさイチで襲ってきていた。
そんなことでいつもより寒さで早めに起きてしまい、コーヒーを飲むため一階に降りていく。
水を電気ポットに入れてスイッチを入れる。
なんだか誰もいないリビングは久しぶりだ。
こんな静かな朝も悪くないかも。
そんな風に思っているとパパが起きてきた。
「早いじゃないか?何かあったのか?」
「うんん、ごろにゃんに布団取られて寒くて起きてきた。」
「相変わらずお前は面白いな(笑)。風邪ひくなよ」
そう言ってパパは私の肩をさすってくれた。
「いいって(笑)。大丈夫、コーヒー飲むから。パパも飲む?」
「ん、そうだな。せっかくだから頂こうかな。」
「了解~。おこずかい上げてよね!」
「お前はうまいな(笑)。」
「そうでしょ~。ねぇ、パパはさ」
「ん、どうした?」
「ママのこと好きになったんだよね?」
「おいおい、朝っぱらから話す内容か?(笑)」
「だよね~(笑)、でも私悩んでて。」
そう言ったとき、電気ポットが音を立てた。
「俺がさ、ママを口説いたんだよ。好きになって。」
「えっ」
いつもと違うパパの口調に思わず息を吞む
「最初は職場での出会いだったかなぁ~。ほらパパが手のひらに怪我してるの見たことあるだろ?」
「う、うん。パパあんまり私たちには見せたくないって言ってるけど」
「あれな、ママを庇うために付いた怪我なんだ。」
そう言ってパパは私に右手の手のひらを見せてくれた。
そこには深い刺傷のような縫った跡がくっきりと中指の付け根から手首にかけて伸びていた。
今見ても痛々しい傷跡だった。
「俺達は言っていないけど、ママ一時期うつ病になっててな。もちろんお前たちが産まれる前のことだ。
その時ママは前の職場で初めての仕事もあって、たぶんいっぱい頑張ったんだと思う。
俺は、同じ職場で3年先輩だったんだけど。その俺から見てもママはすごーく頑張ってた。
休憩時間も片手に自分で作ってきたおむすびを食べながらずっとパソコンとにらめっこさ。
見てられなくてな、何度かお昼ご飯に誘ったんだけどどうしても仕事がしたいって聞かなくて。
あの時は参ったよ(笑)。てこでも動かないパソコン地蔵って裏では呼ばれてたからな。
でも、やっぱり無理が来たんだろう、3年後ママは職場で急に倒れた。
それまでは、みんなの仕事をいっぱい引き受けて、それでも一生懸命にこなしてた。
ほらママは頑張り屋だし、それに自分がやれば他が喜ぶって思うタイプだろ。」
「そうだね。そんなママが私は大好きだよ。」
「そう、実はパパもそんな姿に惚れてたんだな、3年間で。
まぁ、見てる人は見てるってやつだろうな!」
「パパ、実は結構危ない人じゃないの!」
「違うよ!そんなストーカーみたいに言うな!(笑)
でも、実際にパパはひたむきなママの姿に惹かれていってた。
そして、倒れたときに思ったんだ。俺がママを守る…と!」
「パパ、ママが受け入れてくれて良かったね~」
「おいおい、だから人をストーカーみたいに言うなよ!!(笑)
それからはママが入院した病院に通った。
そして、正直にママに好きになったことを話したんだ。」
「それで、それで?」
「もちろん撃沈した。それに、ママは話ができる状態じゃなかったんだ。
既にうつ病の傾向が働いているころから出てたんだな。仕事もミスが多くなってたし。
現に病院での診断は当初栄養失調だったが、入院中にうつ病と診断が代わったんだ。
パパはうつ病のことを調べたよ。そりゃあいっぱいさ。愛する人のためだもの。
でも、ママはそれから1年間誰とも喋ってくれなかった。」
「えっ、じゃあパパはどうしてたの?」
「いっぱい手紙を書いた。実際に本人が自宅療養になって無理に会うことはできないし、それなら手紙しかないってね。
手紙なら本人のタイミングで読んでもらえると思ったんだんだな~。でも、ママはもっと深刻な状態だったんだ。
本人の心の問題はもっと繊細でそして脆いことに俺は気が付くことになる。
ある日、俺はママの実家へいつも通り手紙を届けてもらえないかと相談しに出かけていた。
この頃はママの両親もどうにかしてママに治ってほしくて良く会社の話にでる俺のことを知ってくれていたんだ。
その日は暑かった。実家に顔を出すとおばあちゃんが青ざめて携帯電話を握りしめていることに気が付いた。
とっさに俺に向かって携帯電話の画面を見せてきた。
そこには、ママから『もう死にます。今まで迷惑をかけてごめんなさい。』と記載があったんだ。」
「そんな…ママはどうしたの?!」
「俺はまず、ママの送信時間を確認した。幸いにもまだ時間は経っていなかった。そして、ママの住んでいるアパートの合鍵をおばあちゃんから借りた。これも運良くママの病気から合鍵があったこと、そして近くのアパートに引っ越ししていたことが良かった。
おばあちゃんに警察に電話するように叫び、俺はママのアパートに向かった。
ママのアパートに着くと、ドアノックせずにいきなり合鍵で中に入った。目の前には見たくない光景が広がっていたよ。
ママが包丁を持って立っていたんだ。」
「嫌だ!噓でしょ!」
思わず私は叫んでいた。
「本当だ。俺は靴のまま部屋に入りママが持っている包丁を右手で掴んだ。間一髪、ママが気がつかなかったから良かったもの
もし、ママがベランダじゃなく、ドアの方を見ていたらたぶん助けられなかったと思う。
後ろから包丁を取られたママはその場に座り込み泣いていた。俺は右手で包丁を深く握ってしまったらしく出血が酷かった。
血だらけになった場所で俺は痛みよりもママを今度こそ守れたと思って、自然にママを抱きしめていたよ。
まぁ、こんなところかな?」
「えええ!パパは本当に凄いしかっこいいと思ったけど。その後どうなったの?」
「そこからは普通にママが喋れるようになるまで待ったよ。このうつ病ってやつはホントに根深いぞ~。
でもな、パパの粘り勝ちってやつかな?」
そう言ってパパは子供のような笑顔で笑っていた。
「そうなんだ…なんだかパパのこと見直しちゃったよ。話してくれてありがとう。コーヒー…あっ、お湯冷めちゃったね」
「朝から重い話になっちゃったな!悪い悪い、いつか2人に話そうと思ってはいたんだが…まさか娘の恋愛相談からとは…」
「恋愛はこれからだよ!でも、パパのおかげでなんだか少しわかった気がする。本当にありがとう。」
「そうだな。あっ、でも好きな男が出来たら絶対に付き合う前にパパに合わせろよ!なんだってパパの粘り強さは一流だからな!
絶対に合わせてもらうぞ!(笑)」
なんだかパパの子供で本当に良かったと心から思う。忘れられない朝になった。
はぁ…確かに重かったな…でも知れて良かった!
私もパパみたいに粘り強く好きでいてくれる人がいいかもな…
学校への登校中に朝の出来事を思い返していた。
それでも、自分の心はわからない。
なのに人を好きかなんてわかるのだろうか?
でも…人の気持ちは伝わる、必ず
そう確信に変わった。
中学の時に手紙を渡してくれた彼もどんな思いで書いてくれたのだろうか?
少なくとも手紙の内容は私にとっては純粋で本音で書いてくれていたように感じる。
どんなに勇気を出してくれたのだろう。
その思いはしっかりと覚えておこうと思う。
少なくともこれが今私にできる精一杯のことだ。
「なに辛気臭い顔してんの!」
月子が後ろから抱きついてきた
「月子!いやぁ、朝からパパのラブラブエピソード聞いちゃって(笑)」
「えっ、桃子んちパパとそんな話もすんの?すごくない?」
「そうなの~。羨ましいでしょ?」
「うげぇ、いやうちはいいよ…」
「いいもんだよ!両親の馴れ初めを聞くのも!」
「いいって、それよりほら駅前に新しくカフェできたの知ってる?」
「もー。あっなんかいい感じだね。」
「でしょ。先週からオープンしてるみたいなんだけど今日行ってみない?」
「そうだなぁ…じゃあママに遅くなること伝えておくね」
「さすが桃子、私の親友だ~」
「もー、調子がいいんだから!」
その時、うちのにゃんごろが目の前で見たこともない猫と一緒にいるところを見た。
なぜか、心がざわついたのを感じた。
続く
(はぁ~、季節にだって大昔の人はこんなに素敵な名前を付けてるのに…
私は一回だって誰かを好きになったことなんてない…)
枕草子の最初の一文を読みながら前岡桃子(まえおかももこ)は悩んでいた。
桃子の悩みはいつだって同じ、「他人を好きになったことがない」だ。
(もちろん、一緒に住んでいるママ、弟のゆうき、ペットのごろにゃん、まぁパパも一応好きだけど…
違うんだよ~、私は他人を好きになりたいの!友達ってわけじゃない!)
「男の子を好きになりたいの~!!」
「はい、桃子さん、発情するのはいいけど授業中は謹んでください!」
「えっ!桃子声に出してたの!?」
クラスに笑いがこだましている
どうやら古文の授業中に思ったことが口に出ていたようだ。
(とっても恥ずかしい…死にたいよ~)
恥ずかしさに身を悶えていたらチャイムがなっていた。
「も~もこ!発情期まっさかりなんだって!?」
親友の月子が休み時間にやってきた。
高山月子(たかやまつきこ)は高校1年の時に同じクラスで
どちらも中学からの友達がいなくクラスの誰にも緊張で話しかけることができなかった。
そんな中、何となく余っていた2人でゴミ捨て当番をした時に話したことがきっかけで
その時以来ずっと仲良しだ
友達なんてこんなきっかけしだいなのかもしれない
2年生に進級した時、クラスが別になってしまい一緒に泣いてしまうほどお互いに親友と呼んでいる
「違うよ!思ってたことがなんか声に出ちゃったんだって!」
「それって…本当に発情してんじゃん!!(笑)」
「あああ、違うんだけど、そうなんだって!!」
「言ってること無茶苦茶だなぁ~(笑)もう、学年でも話題だよ…桃子発情中って!」
「噓だああああ!!死にたいよおおお!!」
「帰り道に気を付けなよ!お・そ・わ・れ・ちゃう!!」
「いやだあああああ!!」
こうして古文発情宣言事件は私にとって大きな黒歴史となった。
なんでこんなことになったかというと
私は産まれてこのかた17年間、男の子を好きになったことがないのだ。
周りの友達は早い子だと小学生、いや幼稚園にだって好きな男の子の話をしていた。
実際に中学生にもなると隠れて付き合っている子もいたし(なんで隠すかはわからなかったけど)
高校にもなると公にやれ彼氏がどうしたのやら、彼氏がおもしろいだの…
こちかと彼氏どころか、男の子を好きになったこと自体ないっつうの!
実は告白されたことだってある。
中学生の時に隣のクラスで一度も話したことがない男子から急に呼び出されて
手紙と一緒に「好きです!付き合ってください!」と言ってくれた。
その時はびっくりしたのもありとっさに「ごめんなさい!」と断ってしまった。
後で見た手紙には私のことをいつ好きになって、どんな気持ちになったかを赤裸々に綴ってあった。
当事者の自分の方が恥ずかしくなるほどだった。
この時からかもしれない、本当に異性を好きになるってどんな気持ちなのか興味が出てきたのは。
そして今まで一度もその感情が出たことはない。
発情宣言事件の後、言い訳をしながら学校の帰り道にこのことを月子に相談すると
「え~、てかなんでその子は手紙だけ渡さずに、一緒にその場で告白しちゃったんだろうね?」
「えっ、そ、それは勢いで言っちゃったんじゃないかな?わかんないけど」
「う~ん、手紙だけ渡して気持ちに気付いてもらってから桃子に告白した方が考える時間があったと思うんだよね。
一度も話したことないんだし、まっ、別にどうでもいいかっ!」
「ちょっと!確かに手紙を読んでからの方が私としては良かったかもしれないけど…じゃなくて
私の悩みについて真剣に考えてよ~」
「はいはい、男の子を好きになったことがないってことね」
「そうそう、じゃあさ月子はどうなの?好きな子とかいないの~?」
「いるよ」
「えっ、そ、そうなんだ。へぇ~大人じゃん。」
月子の即答に私は驚きが隠せなかった。こんなに一緒で近くにいる人に好きな人がいることにさえ気がついていなかった。
「大人ってなんだよ!(笑)。別に私はいいじゃん!今は桃子の悩みでしょ!」
「そ、そうだけど…。ねえねえ!月子の好きな人ってだれなの?教えてよ!」
「な~いしょ!桃子が好きな人が出来たら教えてあげる!」
「ええええ、一生教えてもらえないかも…」
たわいもない話をしていたら私の家に着いてしまった。
「桃子!そんなに難しく考えんなって!また話聞いてやるから!」
「月子様~。ゆめゆめ忘れますん」
「古文の使い方も間違えてるならダメだな(笑)じゃあね!」
「うん!ありがとうね!」
そう言って、月子はダブルピースをしながら長い髪をかきあげて夕日の一本道を歩いて行った。
後ろ姿は綺麗なんだよな、月子
そんなことを思いながら自分の部屋に戻っていく
着替えを終えて部屋着に着替えてもまだ頭の中は好きな人についていっぱいだった。
(はぁ~私にも月子みたいに好きな人できるかなぁ~)
お風呂に入っている時も月子に好きな人がいることを考えてしまった。
「桃子!宿題終わったの?!晩ご飯出さないわよ!」
「あっ!そうだった!」
お母さんが洗濯機に洗濯物を入れながら私を現実に引き戻す。
「やるから!今日のおかず教えてよ~」
「あんたの好きな、ハンバーグ♡」
「大好き~!!早く宿題やるね!」
ああ、こんなにもはっきり好きなものがあるのに…
夕食を終えて、一息ついた
ペットの猫のごろにゃんがすり寄ってくれる
「ごろにゃん、あんたはどうしてそんなにかわいいの~。桃子も好きだよ~」
「あんたも私が好き?好きだよね~。だってこんなに一緒にいるんだもん」
はぁ…やっぱり家族に対してはなんか好きって気持ちは自然と出てくるなぁ~
ごろにゃんが困ってたら絶対に助けるもん!
例え自分が傷ついたとしてもごろにゃんを守りたい!
こんな気持ち、男の子に感じたことないよ~
難しいなぁ~
人を好きになるってどんなこと?
そんな考えがぐるぐる頭の中で回っていると気が付いたら寝ていた。
寝覚めは最悪だった。
ごろにゃんと一緒に寝ていたのだが、布団をいつの間にかごろにゃんが取っていたらしく
私はベットの端っこでうずくまりながら寒さに耐えていた。
ごろにゃんは私を守ってくれないんだね!!
そんな嫌な感情があさイチで襲ってきていた。
そんなことでいつもより寒さで早めに起きてしまい、コーヒーを飲むため一階に降りていく。
水を電気ポットに入れてスイッチを入れる。
なんだか誰もいないリビングは久しぶりだ。
こんな静かな朝も悪くないかも。
そんな風に思っているとパパが起きてきた。
「早いじゃないか?何かあったのか?」
「うんん、ごろにゃんに布団取られて寒くて起きてきた。」
「相変わらずお前は面白いな(笑)。風邪ひくなよ」
そう言ってパパは私の肩をさすってくれた。
「いいって(笑)。大丈夫、コーヒー飲むから。パパも飲む?」
「ん、そうだな。せっかくだから頂こうかな。」
「了解~。おこずかい上げてよね!」
「お前はうまいな(笑)。」
「そうでしょ~。ねぇ、パパはさ」
「ん、どうした?」
「ママのこと好きになったんだよね?」
「おいおい、朝っぱらから話す内容か?(笑)」
「だよね~(笑)、でも私悩んでて。」
そう言ったとき、電気ポットが音を立てた。
「俺がさ、ママを口説いたんだよ。好きになって。」
「えっ」
いつもと違うパパの口調に思わず息を吞む
「最初は職場での出会いだったかなぁ~。ほらパパが手のひらに怪我してるの見たことあるだろ?」
「う、うん。パパあんまり私たちには見せたくないって言ってるけど」
「あれな、ママを庇うために付いた怪我なんだ。」
そう言ってパパは私に右手の手のひらを見せてくれた。
そこには深い刺傷のような縫った跡がくっきりと中指の付け根から手首にかけて伸びていた。
今見ても痛々しい傷跡だった。
「俺達は言っていないけど、ママ一時期うつ病になっててな。もちろんお前たちが産まれる前のことだ。
その時ママは前の職場で初めての仕事もあって、たぶんいっぱい頑張ったんだと思う。
俺は、同じ職場で3年先輩だったんだけど。その俺から見てもママはすごーく頑張ってた。
休憩時間も片手に自分で作ってきたおむすびを食べながらずっとパソコンとにらめっこさ。
見てられなくてな、何度かお昼ご飯に誘ったんだけどどうしても仕事がしたいって聞かなくて。
あの時は参ったよ(笑)。てこでも動かないパソコン地蔵って裏では呼ばれてたからな。
でも、やっぱり無理が来たんだろう、3年後ママは職場で急に倒れた。
それまでは、みんなの仕事をいっぱい引き受けて、それでも一生懸命にこなしてた。
ほらママは頑張り屋だし、それに自分がやれば他が喜ぶって思うタイプだろ。」
「そうだね。そんなママが私は大好きだよ。」
「そう、実はパパもそんな姿に惚れてたんだな、3年間で。
まぁ、見てる人は見てるってやつだろうな!」
「パパ、実は結構危ない人じゃないの!」
「違うよ!そんなストーカーみたいに言うな!(笑)
でも、実際にパパはひたむきなママの姿に惹かれていってた。
そして、倒れたときに思ったんだ。俺がママを守る…と!」
「パパ、ママが受け入れてくれて良かったね~」
「おいおい、だから人をストーカーみたいに言うなよ!!(笑)
それからはママが入院した病院に通った。
そして、正直にママに好きになったことを話したんだ。」
「それで、それで?」
「もちろん撃沈した。それに、ママは話ができる状態じゃなかったんだ。
既にうつ病の傾向が働いているころから出てたんだな。仕事もミスが多くなってたし。
現に病院での診断は当初栄養失調だったが、入院中にうつ病と診断が代わったんだ。
パパはうつ病のことを調べたよ。そりゃあいっぱいさ。愛する人のためだもの。
でも、ママはそれから1年間誰とも喋ってくれなかった。」
「えっ、じゃあパパはどうしてたの?」
「いっぱい手紙を書いた。実際に本人が自宅療養になって無理に会うことはできないし、それなら手紙しかないってね。
手紙なら本人のタイミングで読んでもらえると思ったんだんだな~。でも、ママはもっと深刻な状態だったんだ。
本人の心の問題はもっと繊細でそして脆いことに俺は気が付くことになる。
ある日、俺はママの実家へいつも通り手紙を届けてもらえないかと相談しに出かけていた。
この頃はママの両親もどうにかしてママに治ってほしくて良く会社の話にでる俺のことを知ってくれていたんだ。
その日は暑かった。実家に顔を出すとおばあちゃんが青ざめて携帯電話を握りしめていることに気が付いた。
とっさに俺に向かって携帯電話の画面を見せてきた。
そこには、ママから『もう死にます。今まで迷惑をかけてごめんなさい。』と記載があったんだ。」
「そんな…ママはどうしたの?!」
「俺はまず、ママの送信時間を確認した。幸いにもまだ時間は経っていなかった。そして、ママの住んでいるアパートの合鍵をおばあちゃんから借りた。これも運良くママの病気から合鍵があったこと、そして近くのアパートに引っ越ししていたことが良かった。
おばあちゃんに警察に電話するように叫び、俺はママのアパートに向かった。
ママのアパートに着くと、ドアノックせずにいきなり合鍵で中に入った。目の前には見たくない光景が広がっていたよ。
ママが包丁を持って立っていたんだ。」
「嫌だ!噓でしょ!」
思わず私は叫んでいた。
「本当だ。俺は靴のまま部屋に入りママが持っている包丁を右手で掴んだ。間一髪、ママが気がつかなかったから良かったもの
もし、ママがベランダじゃなく、ドアの方を見ていたらたぶん助けられなかったと思う。
後ろから包丁を取られたママはその場に座り込み泣いていた。俺は右手で包丁を深く握ってしまったらしく出血が酷かった。
血だらけになった場所で俺は痛みよりもママを今度こそ守れたと思って、自然にママを抱きしめていたよ。
まぁ、こんなところかな?」
「えええ!パパは本当に凄いしかっこいいと思ったけど。その後どうなったの?」
「そこからは普通にママが喋れるようになるまで待ったよ。このうつ病ってやつはホントに根深いぞ~。
でもな、パパの粘り勝ちってやつかな?」
そう言ってパパは子供のような笑顔で笑っていた。
「そうなんだ…なんだかパパのこと見直しちゃったよ。話してくれてありがとう。コーヒー…あっ、お湯冷めちゃったね」
「朝から重い話になっちゃったな!悪い悪い、いつか2人に話そうと思ってはいたんだが…まさか娘の恋愛相談からとは…」
「恋愛はこれからだよ!でも、パパのおかげでなんだか少しわかった気がする。本当にありがとう。」
「そうだな。あっ、でも好きな男が出来たら絶対に付き合う前にパパに合わせろよ!なんだってパパの粘り強さは一流だからな!
絶対に合わせてもらうぞ!(笑)」
なんだかパパの子供で本当に良かったと心から思う。忘れられない朝になった。
はぁ…確かに重かったな…でも知れて良かった!
私もパパみたいに粘り強く好きでいてくれる人がいいかもな…
学校への登校中に朝の出来事を思い返していた。
それでも、自分の心はわからない。
なのに人を好きかなんてわかるのだろうか?
でも…人の気持ちは伝わる、必ず
そう確信に変わった。
中学の時に手紙を渡してくれた彼もどんな思いで書いてくれたのだろうか?
少なくとも手紙の内容は私にとっては純粋で本音で書いてくれていたように感じる。
どんなに勇気を出してくれたのだろう。
その思いはしっかりと覚えておこうと思う。
少なくともこれが今私にできる精一杯のことだ。
「なに辛気臭い顔してんの!」
月子が後ろから抱きついてきた
「月子!いやぁ、朝からパパのラブラブエピソード聞いちゃって(笑)」
「えっ、桃子んちパパとそんな話もすんの?すごくない?」
「そうなの~。羨ましいでしょ?」
「うげぇ、いやうちはいいよ…」
「いいもんだよ!両親の馴れ初めを聞くのも!」
「いいって、それよりほら駅前に新しくカフェできたの知ってる?」
「もー。あっなんかいい感じだね。」
「でしょ。先週からオープンしてるみたいなんだけど今日行ってみない?」
「そうだなぁ…じゃあママに遅くなること伝えておくね」
「さすが桃子、私の親友だ~」
「もー、調子がいいんだから!」
その時、うちのにゃんごろが目の前で見たこともない猫と一緒にいるところを見た。
なぜか、心がざわついたのを感じた。
続く
