そのお父様の言葉通り、お兄様は基本的な礼儀作法から勉学、さらには武道のお稽古まで、毎日朝から晩までずっとお忙しそうだった。

 それに耐えきれなくなると、指導係が目を離した隙に部屋を抜け出し、こうやってこっそり物陰で泣くの。


「お兄様、やっと見つけた!」


 建物の陰でうずくまって背を向ける男の子に声をかけると、肩がびくんっと小さく震える。


「どうなさったの?」

「……なんでもないよ。彩智の心配するようなことは、なにもない」


 わたしの方を振り向いたお兄様は、柔らかい笑みを浮かべていた。


 けど、真っ赤に腫らした目まではごまかせないのよ、お兄様。


「今日はね、里見さんにクッキーを包んでもらってきたの。一緒に食べましょ」


 明るく言って執事の里見さんに包んでもらったクッキーを差し出すと、お兄様は笑顔のまま首を左右に振る。


「僕はまだ今日の課題を終えていないから。それは彩智が食べな」

「でもこれ、お兄様が大好きな——」

「だから、いいって言ってるだろ!!」


 わたしの差し出したクッキーの包みを、お兄様が右手でバシッと払いのけると、地面に落ちた包みが、ガシャン! と音を立てた。