まさか、こんなに早く婚約者の紹介をされるなんて。

 まだなんの心の準備もできていないというのに。


 両目を閉じ、膝の上で両手をぎゅっと握り締める。


『ただいま父からありました、わたくしを後継者にというお話ですが——本日、この場を持ちまして、辞退させていただきたく存じます』


「な……なにを言っているんだ、陽介!」

 お父様が声を荒らげる。


「こんな場で、なんということを……今までおまえはいったいなにをしてきた! この日のためじゃなかったのか⁉」

「……ごめんなさい、父さん」

 マイクの前から離れると、お兄様はお父様に向かって頭を下げた。


「でも、僕よりもちゃんと後継者に相応しい人間が、うちにはいるじゃないか」

「……」

「そもそも僕は父さんの息子だけど……僕も父さんも、御門家の血を引いているわけではない。そうでしょ?」


 お父様が、なにか言いたげに口を開きかけ、そのまま閉じる。


「だからね、僕は父さんの後継者にはなれないよ。ごめん。……強くなくて」

「陽介……」


 静寂の訪れたステージ上で、お父様がお兄様のことをじっと見つめている。