「ありがとうございます」

「では神田社長、また」

 軽く会釈したお兄様にエスコートされるようにして、わたしは会場の隅へと歩いていった。


「大丈夫か、彩智?」

 壁沿いに置かれたイスにわたしを座らせると、お兄様は片膝をついて、うつむかせたわたしの顔を覗き込む。


「すみません、お兄様。お兄様のお仕事の足を引っ張ってしまって……」

「大丈夫だよ。彩智はしばらくここで休んでいるといい。俺はもう少し挨拶回りをしてくるから——蒼真」


 え?


 驚いてパッと顔を上げると、お兄様はすぐそばのテーブルの方を見て、片手を上げていた。

 そのお兄様の視線の先には——。


「蒼真さん⁉ どうして……」

「……親の仕事の関係でな」

 あまり知られたくなかったのか、蒼真さんはぼそりとそれだけ言うと、口をつぐむ。


 蒼真さんも、お兄様同様黒に統一されたタキシード姿。

 いつもの無造作ヘアも、今日は前髪を上げ丁寧に整えられている。


 蒼真さんの見慣れぬ装いに、思わずじっと見つめてしまう。


「陽介くんと——それから彩智さん、かな?」

 お父様と同年代くらいの男性と女性が、こちらに歩み寄りながらわたしたちの名前を呼んだ。


「相原先生。本日はお越しいただきありがとうございます」

 お兄様はすっと立ち上がると二人の方に向き直り、丁寧に頭を下げた。


「彩智、うちの顧問弁護士の相原先生ご夫婦だよ」

 お兄様が、手で二人を示し、紹介してくれる。