「……ごめんなさい。本当のことを申し上げると、彩智さんにご相談したいことがあって、こちらにお招きしたの」


 はじめて麗華さんの出した気弱な声に顔を上げると、さっきまでの凛とした輝きは姿を消し、なんだか麗華さんの顔がとても落ち込んでいるように見えた。


「実はね、陽介さんから……婚約の解消を求められているの」

「え……」


 そういえば昨日、『その件に関しては、現在麗華さんと直接……』とお兄様がおっしゃっていたけれど。

 まさか婚約の解消についてお話されているのだとは思わなかった。


「もちろん親同士の決めたことですから、陽介さんの一存で解消できることではないわ。けれど……わたくしとは結婚したくない……ってことですものね」

 麗華さんが、小さくため息を吐く。


「先日学校に伺ったのも、本当は婚約の件について、お互いの両親のいない場所で、二人だけでゆっくりお話がしたかったからなの。けれど陽介さんは、わたくしに謝るばかりで、わたくしの顔すらほとんど見てくださらなくて……」

 そう言うと、麗華さんはそっとハンカチで目許を押さえた。


「そうだったのですね」

 麗華さんの悲しむ姿に、なんだか自分のことのようにぎゅっと胸が締め付けられる。


 でもね……きっとお兄様は、最終的には麗華さんとの結婚を了承すると思うの。


 だって、わたしたちにとって、親の決めた結婚は、家を守るために絶対に必要なことだから。

 それに、あのお優しいお兄様が、麗華さんのことを傷つけるようなことをするはずがないって信じているから。