クリアリの「審判」という言葉の後、天秤は光に包まれた。

 空気が、キンと響いて、そして。




「そんな…………」




 私の膝はがくんと力を無くし、私はその場に崩れ落ちた。

 天秤が傾いたのは左。



 左に置いたのは『毒』の文字。




「お母さまは誰かに殺されたというの? 誰に……」



 まさか、でも、思い当たらない。

 ひとりしか。



「薬を用意してくれてたのは、お父さまよ」



 いつまでも咳がおさまらなくて、その時街では同じ症状で困っている人がたくさん出ていたから、お医者さまもそうだと言っていたから、信じてしまった。



 お父さまがいい薬があるからと、薄い茶の紙に包まれた青い粉薬を取り寄せてくれて、お母さまは感謝してそれを飲み続けた。



「とてもきれいな色ね」と、お母さまは嬉しそうに。



 お父さまが、私のために用意してくれたからと。

 でも確かに、あの薬を飲んだら咳はピタッと止まったのに。



 薬だって毎日ではなく、週に一度飲めばいいと……。




「お母さま、あの薬を喜んで飲んでたのに」



『その薬、残っていないの?』



「毎週ひとつだけ用意されていたから、残ってないと思う」



 あの薬を飲むとき、私も一緒にいた。

 私が薬を開いて、お母さまに手渡して水のグラスを渡した。

 私が最期の毒を、お母さまに飲ませてしまった。




『証拠はないってことね』



「……証拠……あっ!」



 薬はもうない。でも、包みなら私があの時読んでいた本のしおりにした!



 あの日のこと、いま頭でゆっくりと再生された。

 お母さまが読み終わった本を、面白いと聞いて借りた。

 お母さまの横でそれを読んでいたけど、その本にしおりはなくてちょうどいいからってあの時、挟んだ。



『それ、ここにある?』



 クリアリに聞かれて、本棚に残してあるその本を手に取った。

 置いていくとこだったわ。読み終わっていないのに。

 そう、まだ途中だったわね。



 この本がまだ読み終えていないことも忘れてた。

 城から出られないお姫さまを、勇敢な騎士が外へ連れ出す恋物語。

 お母さまおすすめだったのに。



 包み紙を取り出し、本の方はあっちに持っていく箱の方にしまった。



 そっと紙を開いて、私は落胆した。

 あのきれいな青い粉は、一粒も残っていなかった。

 これでは証拠にならない。



『ここに置いて』



 クリアリが指した天秤の前に置くと、クリアリはしゃがみこんでそっと手に触れた。

 ぽぅっと光りが集まる。



『悪い気に満ちてるわ。間違いはないわね』



「わかるの?」



 私には、悪い気なんてわからない。

 でも悪い気が残っていたからと言って現物の薬が残っていない以上、それはただの紙でしかない。



「犯人は……?」



『そこまではわからないわ』



 クリアリに、私の言葉は遮られてしまった。



「じゃあ天秤に……」




 私は知りたい。それなのに、クリアリは首を振った。



『天秤は万能じゃないの』



 悔しい気持ちは、クリアリも同じ。

 沈痛な表情と空気で伝わってくる。



『それに、時間を置かないといけない。さっきのでほとんどの力を使ってしまったから』



「えっ!? 力ってなくなるの!?」



 思わず、そう言ってしまった。

 瞬間心で思ったことが、口調にだだ漏れてしまった。



 クリアリは、眉を真ん中に寄せて私を睨む。

 ちょっと、ちょっとだけせこいと思っちゃったことが、声に出ちゃった。



『アーリアに頼まれているから、いまの失言は聞かなかったことにしましょう』



 ピクピクと、こめかみが動いているのが見えた。



「ごめんなさい」



『まぁ、いいわ。でも私も疲れたからもう休むわね』



 疲れたというよりは、眠そうにクリアリは手で隠しながらあくびをする。



 力を使ったからだろうか。



 女神(?)らしからぬ、ちょっとくたびれたおじさ……いけない、こんなこと思っちゃ。

 クリアリは、唯一の私の味方なのだから。




「ごめんなさい、ありがとう。力になってくれて」



 私がそう言ったら、ちょっと意外というような顔をされた。

 わ、私はちゃんと謝る方よ。



 だってお母さまがいつも、「もし相手の気持ちを害するようなことがあったら、謝罪しなさいね」って言っていたもの。

 そして「助けてもらった時にはちゃんとお礼を言いなさい」とも。



 お母さまの教えは、いつも正しい。



「また助けてね」



 最期にお願いも足しておく。



『ふふっ』



 なにかを思い出したように、クリアリは笑った。



『口調、まんまアーリアね』



「お母さまの? 当たり前よ、お母さまの娘なんだから」



 似てると言われるのは子供の時から好きだった。




『そうね。じゃあ、帰るわ』



「お、おやすみなさいっ」



 すうーっと色をなくすように消える姿に、慌てて声をかける。

 おやすみなさいで合ってる? でも眠いって言っていたからそれでいいよね。

 クリアリも、私に微笑みながら手を振っていたし。



 私は天秤をばらして袋に入れ、荷の中に隠すようにしまった。

 これは誰かに見つかってはいけないものだ。

 あの親子やお父さまに見つかったら、絶対に取り上げられてしまう。



「考えないと」



 

 自分にカツを入れる。



 時間がない、繰り返さないために、策をひねり出さないと。

 まず、離れへの食事が粗末になること。

 食べるのは大事だわ。食べたくないものを並べられたら、気持ちが下がるもの。

 食の楽しみは確保したい。



 いざというときに戦える体力も残したい。



 だけど私の自由にできるお金もまわされなくなるから、お金は稼がないといけない。



 お母さまが残してくれた意味は、きっと資金にしなさいってことよね。

 あれを増やす……どうやって?




 とにかく、なにか稼げることはないか探さなきゃ。