女神は天秤を傾ける

 「お前、そんなに食べるのに肉はどこにつくんだ?」

 「は? ちゃんと付いてます! 付くんです!」



 どこを指して言っているのよ。

 本当に失礼な人だわ。



 私はいま食べておかないと、この先の未来で食べられなくなるかもしれないから喰いだめているというのに、なんだか食いしん坊扱いはちょっとイラっとするわ。

 なにも知らないくせに。

 食べられないことが、どんなにつらいか。





 「イリたちは、こうして美味しいものばかり食べられていいですね」

 軍の人たちは、城でどんな食事をしているのか知らないけど、モアディさまの肌艶、髪艶をみると、質素だとは思えない。

 イリも、鍛錬した身体に栄養を与えないとこんな筋肉はつかないわよね。



 「お腹がすくと気持ちも運も下がるんだから……」



 「あらあら」

 知らないくせに、と続けようとしたところでジアが次の料理を運んできた。

 とん、と焼いた魚に赤いソースがかかった皿を私の前に置くと、イリの肩に手を置く。



 「知ってるわよね、お腹がすいたらどんなにみじめか」

 「え?」



 イリは、ふいっと下を向く。



 「イリがここに来た時は、ほんと細っこい目だけギラギラ子供でね、私が大きくしたのよ」

 にっこり笑うジアは、懐かしそうに目を細めた。



 「子供の時にここに?」

 「あぁ、仕込みをしていたら窓の向こうでよだれ垂らしたボロボロの子供が立っててさ、迷い子だろうと慌てて店に入れたのさ」



 迷い子? 夜には移動できないというこんな危ない土地で?

 「イリ、ご両親とはぐれたの?」



 「…………」

 私の問いに、イリは沈黙を返す。

 代わりにジアが答えてくれた。





 「覚えてないんですって。よっぽど怖い思いをしたのかしらね。記憶が曖昧だったの。だから、うちは子供もいなかったし置くことにしたのよ」



 「ジア!」

 まるで子供にするみたいに、イリの頭を撫でるからイリは顔を赤くしてその手を振り払った。



 「はいはい、もう大人だったわね。あぁ、あの可愛かった頃が懐かしいわ」

 可愛かった? このイリが?

 想像がつかない。





 「大きく育って欲しいと思ったけど、こんなになっちゃうなんてね」

 バンと力強く肩を叩くと、「おかわり持ってくるわね」とイリの開いたグラスを手に厨房に消えていった。



 「あなたも可愛い頃があったと」

 「うるせー。子供なんてみんな可愛いだろ」





 からかうモアディさまは優しい顔になっていた。