女神は天秤を傾ける

「え? いまなんておっしゃったのですか?」



 聞こえてた。ちゃんと聞こえてたけど、聞き間違えかもしれない。

 そう思ったから改めて聞いた。



「おいおい、なに言ってんだ」

「もちろん、大っぴらに連れてはいきませんよ。秘密裏にです」

「当たり前だ」



 二人で、私を置いて話をしているので慌てて割って入る。



「え? ちょっと待ってください! 私にも説明を……」



「ユー、部屋を用意させるのでマドックを呼んできてください」



 ギュイッ。

 

 え?

 いま、敬礼した?

 ユーは、モアディさまに向かって手を挙げてまるで応えるみたいに。




 ギィギィッ。

 そして元気よく、モアディさまが開けた窓から飛び立ってゆく。

 



「……あの、もしかしてですけど、ユーの中に優秀な部下を閉じ込めてたりしませんよね?」

「……馬鹿らしい」



 言わなければよかった。

 その冷たい見下みくだしで、足元まで冷たくなりました。



「それより、同行とは? 私もスハジャ公国に行くってことですか? 一緒に?」



 思ってもいない展開に、頭が追い付かない。

 だけど、モアディさまにとって、私は要注意人物として確定してしまったということはわかる。

 

「その言葉のままですよ。スハジャ公国には明後日発ちます。着替が必要でしたらこちらで手配します。要りますか?」



「い、要りますけど!」

 着替えなんて、そんなことじゃない。

 強引に話が進んで、怖い。

 こんなの、さっきのイリと同じだ。



「おい、こいつは関係ないだろ」

「関係ない? あの話をなぜ知っているか確かめるためです」

「だからって……」



 イリも混乱して、少し焦っているように見えた。

 

「い、行けません。私…」



 断りたい。

 こんな経験しなかった未来、どうしていいかわからない。

  

「怖いですか?」

「怖いとか、そんな問題じゃないです。私が帰らないと……」

「誰も心配しませんよ」



 ぴしゃりと斬られた。

 私を心配する家族なんていないと。

 事実を突きつけられると、さすがにまだ痛む胸がある。



「おい、モアディ、言い方」

「言い方? 伝わりませんか? 帰せないとはっきり言えばいいですか?」



 ………はっきり言われても、無理です。