女神は天秤を傾ける

「夢見という力を持った者がいることは、文献にあります」



 思い当たることにうなずきながら、モアディさまは言った。

 良かった、知らない文献だけど助けになりそう。



「その文献には何と書かれているのですか?」



 モアディさまが味方に付いてくれたら、スハジャ行きを阻止しやすくなる。

 そんな甘い期待があった。



 でも。



「詳細はわかりません。魔法以外の、聖なる力を記した文献本だったと記憶していますが、詳細には書かれていませんでした」



 聖なる力が、そんな本になるほどいろいろあるの?

 魔法師以外の、特別な力を見たことがないから、少し驚いた。

 うちの町に聖女もいないし、そんな聖なる力に触れる機会がない。 



 クリアリは、聖なる力と言っていいのかしら。

 人ではないから、その本に書かれてはいないだろうけど。



「夢というのは、そうあればいいとか、実は一度どこかで見聞きしたことを見た、と言うのが多いものです。あなたも、そうなのでは?」

きっぱりとそう言われて砕けた。



「私は……」



 どうしよう、信じてくれない人をひっくり返すのは、かなり難しい。

 なにかこの後に起こることで、そんなに大きくない事件はなかったか。

 大きい事件を口にしたら、不信感が大きくなってしまう。



「どう夢に見るんだ? お前は聖女ではないというし、そんな力があるようにも見えない。あったら、あんな父親にいないことになんてされてないだろ」



「イリまで知っているの?」



 イリの口から事実を話されて、私は驚いてしまった。

 街の人も知っている話だけれど、イリまで?

 イリと興味本位の噂話と結びつかなくて、意外に――違和感に感じた。




「なにか他に見たことは?」



「えっと……私が毛皮を買ったりしたのは夢に見たからです」

「どんな風に?」



 まるで尋問ね。

 イリは腕組を外さないし、モアディさまは刺すような視線だし。



「人々が凍えている様子を見ました。建物は凍り付き、積まれたたくさんのご遺体」



 あの光景は二度と見たくないのに、脳裏にこびりついて離れない。

 老人、子供から死んだ。

 無くなった子供を抱いて、泣き叫ぶ母親と無言で墓穴を掘る父親。

 そんな光景があちこちで見られた。

 最後は、墓も足りなくなったほどに。

 

「思ったより具体的ですね」

「じゃあなんでもっと毛皮を買わない? 稼ぎたいなら貴族相手に商売したほうがいいだろう」



「だって!!!」



 私は叫んでしまった。



「だって、街のみんなが死んでしまうっ。貴族なんて、お金で自分を護れるけど、街の人は違うっ」



「わかった」

「え?」



 組んでいた腕を解き、イリはまっすぐ私に座りなおした。