女神は天秤を傾ける

 死にたくない。

 霞む視界に、意識が遠のきかける。



「うぐっ…」



 話せと言いながら、こんなに喉を締められてはなにも口から言葉は出てこない。

 気絶したら、苦しみや痛みは感じないかしら。

 なんで私はこうも、「死」へ向かってしまうかな。

 選択肢を、間違えてはいないはずなのに。




「イリ! なにをしているのですか!」



 もういっそ意識を手放して楽に死にたいなんてあきらめそうだった時、モアディさまが部屋に飛び込んできた。

 

「チッ」



 締め上げていた手は解かれたけれど、私の耳にはイリの舌打ちが響いた。



「なにごとですか。なぜそんな乱暴をされたのです。大丈夫ですか? カイゼン嬢」



 咳込み、へたり込んだ私にモアディさまが手を差し伸べる。



「やはり女性と二人きりにするものではなかった」



 それは、どちらの心配をして発した言葉なのか。



「ど、どうして……」

 どうして戻ってきてくれたのですか。

 まだ声が上手く出せない。




「ユーを、窓の外に待機させていました」

 モアディさまの肩にとまったユーが、心なしか胸を張る。



 ギイギイ。

 なんて言ってるのかしら。

 鳥語を理解できたらいいのに。



「チッ」



 イリは、今度は大きく舌打ちをした。



「イリ。落ち着けないなら、この部屋を出てください」

 静かに、とても冷静な声でホッとした。



「…俺が出たら、お前と二人きりだろうが…大丈夫だ」

 ぼそりと答えたイリは、不機嫌そうにどかりと椅子に腰を下ろした。

 絶対落ち着いていないけど、部屋からは出ていかないらしい。



「座りましょう」




 モアディさまは、私にも椅子をすすめてくれて私とイリは離れて、自分は私のごく近くに座った。

 間に小机を置いて、私とイリの間に障害を作ってくれたから、安心する。




「で、どういうことですか? 二人きりにしたとたん、なぜイリが襲い掛かることに?」



「お、襲い掛かるだと!?」

「え? え?」



 ガタッと立ちあがったイリに、なに言ってるの? ときょとんとしちゃった私。

 モアディさまだけ、すごく醒めた目をイリに向けていた。



「な、なんだよむその目は! 違うからなっ。なんで俺がっ」

「違うんですか? 私には嫌がる女性をあなたが壁に押し詰めて無理やりキスをしようとしている……」



「違います! 違います!」



 キ、キスですって!? 

 なにを言いだすのこの人。

 そんな涼しい顔で、は、恥ずかしいことをっ。



 キスなんて、キスなんて。

 意識が遠くへ行きかけて、なんとか引き戻す。



「さ、されそうになんてなってません」

「そ、そうだぞ。なんで俺がこの女にそんなことを……」



 こ、この女って言わないで。

 なんかムカムカする言い方だわ。



「俺は、なぜ知ってるかを白状させようとしただけだ」

 ブツブツと何かつぶやきながらイリがまた座る。

 絶対私に対する不満だ。

『なんで』とか『どこみてんだ』とか。

 ぜんぶ聞こえなくてもわかる。



「何を知っていると?」

「ちょっとこい」



 モアディさまは、まだ少し誤解を解いていないような感じだけれど、イリがクイと親指を立てて廊下をさしたので、二人で出て行ってしまった。