女神は天秤を傾ける

 ひっ、とその衝撃に息をのんでしまった。
 なぜ? なぜよ!
 私が聞きたい。

「どういうことだ?」

「あの、あの……」

 私の刻戻りは言えない。
 なぜ知っているかの説明?
 これだって勘だ。
 失脚だろうって予測をつけただけで、その時にはもう私は家に引きこもっていたので、正式発表を聞いたわけではない。

 誤魔化せない。
 この二人には、下手な嘘はつけない、つきたくない。
 でも言えない。 
 

「貴族間の情報網と、学園での騒ぎに予測を立てたまでです」

「あぁ、そうか、あなたは学園にいたのですね」
「なんで学園だと漏れるんだ?」

 ふむと納得したようなモアディさまに対して、わかっていないイリは厳しい顔のままだ。


「学園は主に貴族や商家の子が学ぶ場所です。親から客から、真偽のわからない話が行き交う場所です」
「それがどうした」
「…………」

 モアディさまの視線は冷たく、「馬鹿ですね」とあんに物語る。
 腕を組んで、イライラと指をトントンしている。
 感情のバランスをとっているのかな。

  
「私たち貴族は噂好きなの。特に女は。親が誰についているかで、自分の人生も決まってしまうものだから、噂には敏感なの」
「《《噂》》、なんだろ」

「学園で、先生たちに緊急招集がかかったわ。そんなこと、めったにないの。国に係ることでなにかあったと推測できてしまう。戦争とか失脚とか、ね」

 イライラしているモアディさまの代わりに、私が説明した。

「噂と言っても、根も葉もないことは少ないの。偽りの流言は罰せられるから、誰かに話すときはある程度の核心があって話すの。今回は、第一王子についていた貴族が慌てているから第一王子に《《何か》》あったんだと推測されているわけ」


 ひと呼吸おいて尋ねる。

「間違っているかしら」

 イリはちらとモアディさまの方に視線を走らせたけど、すぐ私に向かって手を広げて見せた。
 肯定ということらしい。


「モアディさまが行くということは、モアディさまも第二王子派だったんですね」

「いいえ」

 それは否定された。
 ならなぜ?

「私は軍の人間です。命令が下れば出る。派閥なんて関係ありませんよ」

 それは当たり前か。
 王族ならともかく、魔法師なんて上から命令されたら出るしかないんだ。
 自分の意志ではどうにもできない、嫌な組織だけれど。

 でも、ならなおさら止めたい。
 二人まで巻き込まれてほしくない。



「お願いです。スハジャ公国へは行かないでください」

「もう決まったことを覆せるわけないだろ。カイゼン公爵は第二王子派ではなかったか?」

 イリが何で知っているのか不思議だったけど、いまはそれをあとに回さなきゃいけない。
 説得できなければ、色目を使えとか言われたけど私はイリの好みではないようで。
 だから必死に懇願してみる。

「私の懇意にしているユハスさまも第二王子派です。なので……」
 ここは正直に。
 正式に婚約はしていないけれど、うちとユハスさまが親しいのは周知の事実だから大丈夫よね。


「あのユハスか……」

 なぜだかイリは、面白くない名前が出たというような顔でつぶやいた。
 ユハスさまは優秀で人当たりがいいから、イリのこの表情には納得いかない。

「《《あの》》ってどういう?」

「いや、知ってる顔ってだけだ。それよりなぜスハジャ行きを阻止する? あの国は我が国とも友好的だし気候もいい。理由は?」

「それは……」

 私はちらっとモアディさまをみた。
 二人がかりを説得できそうにない。

 イリ、モアディさま、どちらにすべきか。
 悩むまでもない。



「二人で話してもいいですか?」



「イリと話したい」

「俺?」

 私の言いだしたことに、二人の眉間のしわが深くなる。
 完全に怪しまれてるわ。

 どうしようかと思ったけど、このタイミングで部屋にノックの音が響いた。

「モアディさま、招集がかかっております」

「いま取り込み中だ」

 せっかくのことなのに、モアディさまは扉の外にそう答えてしまった。

「モアディさまが来ていただかないと、すすめられません」
 扉の向こうも縋る。
 
 優秀な魔法師ですものね、大事な会議には必要よね。
 たぶん部下なんだろう扉の向こうも、困った声になる。

「あの、行ってください。モアディさまにはまた、ちゃんとお話しします」

「はぁ……私が帰るまで、ここにいるように」 

 ため息をついて、モアディさまはあきらめてくれた。
 ここで私なんかに足止めされたなんてわかったら、モアディさまのお立場だって悪くなりかねない。

「わかりました。ここから動きません」


 ユハスさまを。
 ふたりを―――――――スハジャ公国行きを阻止するまでは。