女神は天秤を傾ける

『そうだったの』

 しばらく私の額から思考を読み取っていたけど、手が離れた。
 読み終わったの?

 どこまで読まれちゃったかな。

 なんとか火山のことを考えたけど、ちらちらとユハスさまの微笑みが出てきてしまった。

『あなたが取り乱す事情は分かったわ』
「ユハスさま達が巻き込まれてしまう」

 キリカの話だと、モアディさんも、きっと護衛につくだろうイリも。

 天秤の答えなんて関係ない。全員死地へ行くんだから。

「私の知る未来と違う。私が変えてしまったから? 私のせいなの?」

 泣いてもなにも変わらないのに、感情が走ってあふれてきてしまう。

『未来なんて、だれも予測のつかないことなのよ』

「でも、私は知ってる。なにが起こるか、知ってるの」

 火山の噴火の兆候は、その証拠。
 いつかじゃない。

 でも、知っててもそれを公言できないし、有識者の発言も効果がなかった。

「このままだと、私のせいでユハスさまが……」

『まだ死ぬと決まっていないわよ。あなたはそんな未来を知らないでしょ』
「そうだけど……」

 クリアリは、落ち着いている。

『未来が変わったというなら、まだ未来は変わるはずよ』
「変わる?」

『とにかく深呼吸して。鼻かんで』

 クリアリは薄紙を手渡してくれる。
 私は言われた通りに鼻をかんで、そして大きく息をついた。

 少し落ち着いてきた。

『あなたがここにいるのはなにかの意味がある。アーリアの力だけじゃない。神が何かの意図で刻遡り(そうした)はずよ』

「理由?」

『あなたは変えようとしている。それは処刑回避のためかもしれないけど、いまあなたはなんのために動くの?』

 クリアリが、新しい薄紙をくれる。
 鼻をかんで、またひと呼吸した。

『あなたは多くの人を救う』
「え?」


『だってそうでしょ?』

 クリアリは夜鳴鳥を手招いて座らせると、寄りかかる。

『そりゃあ、自分の未来を変えるためにかもしれないけど……あ、茶器とお茶菓子』
「は、はいっ」

 クリアリの茶器は、小さなバスケットに納めて棚にしまってある。
 私はそれを取り出して、クリアリ用に買っておいた一口焼き菓子を添える。

『ありがと』

 手に取っただけで、お茶が湧き出すのはいつ見ても不思議。

『街の人を救いたい、溶岩に沈む村を救いたい。そして、好きな人も救いたい。あなたの頭はその事でいっぱいに溢れているわ』

 さっき思考を読み取ったとき、駄々洩れてしまったらしい。

 そう並べられると、確かにそうなんだけれどただ私は自分を助けたくて動き出しただけ。

 変えられた未来に巻き込まれてしまうユハスさまや、イリ達。
 こんなはずじゃなかった。

『スハジャ行を阻止するのよ』

「阻止ってそんな簡単には……」

 たかが公爵令嬢に、失脚王子の国外追放を止められる!?

 貴族に毛皮を売って稼ぐのとでは、訳が違う。

『とにかく、護衛のあの男…えっと、イズ…イモ…』
「イリよ、イリ」

『あぁ、イリね。とにかく天秤の答えに従ってみなさい』

 確かに天秤が選んだのはイリだけど、イリだってたかが魔法師の護衛だ。
 なにかできるとしたら、モアディさんの方じゃないの?

『脅しでも、泣き落としでも、色仕掛けでも、できるものはやってみなさいよ』

 い、色仕掛け!?
 クリアリったら女神なのになんてこと言い出すの!?

『じゃ、私は帰るわ』

 また眠そうに言うと、すぅっと消えてしまう。

「ちゃっかりお菓子はぜんぶ食べたのね」

 お腹いっぱいで眠いのかも……。

 おかげで、私の焦りはのんきなクリアリに打ち消された。
 
 動くしかないんだわ。
 なにかを変えたいなら、動くしかない。ここに立ち止まっていても、なにも始まらない。
 このままでは、私か誰かが死に向かうだけ。

「ユー、これを届けてくれない?」

 私は、イリに会いたいと記してユーに託す。



 どうすればいいかなんてわからないけど、天秤がイリが鍵だというならそれを信じで進むしかないわね。