「……死……ですか?」
どうしよう、なんて言えばいいの。
凄腕の魔法師は、私の真偽を見抜くような顔をして見ている。
「リーの別名は『死を報せる花』といい、本来は縁起の良い物ではありません」
「えーー」
薄い笑いを浮かべて、わざとらしく驚いて見せた。
「あの日、酒場で。そして今日、なぜ色が変わるんですかね」
「それは…なぜでしょう、あはは……」
笑ってごまかせるとは思わないけれど、笑わないと黙り込んでしまいそうだ。
黙ったら、それが肯定になる。
第一、目の前の魔法師は私を疑って花を仕掛けたのだ。
「なぜ」とはわかっていない。
だから、凄く用心されている。
私を助けてくれたのではなく、疑っているからこうして現れるのか。
「本来臆病で飼い主にしか懐かない夜鳴鳥も、なぜかあなたのところに飛ばすのを嫌がらない。大人しく抱かせもする」
「さあ…撫でさせてくれたのでそれが普通なのかと」
撫でていたのは、主にクリアリだけれど。
「まるで尋問みたいですね」
「いいえ、確認ですよ」
私たちの間に、冷ややかな空気が流れる。
なんの確認だというのだろう。
怪しさ満点のこの私の。
「死に触れるというなら、それは当たり前の話です」
お願い、誤魔化されて。
「私はお母さまの形見を身に着けています」
右手の小指にはめた指輪を、私はモアディさんに見せる。
「お母さまの死から、ずっとです。あの酒場でも、いまも。だからではないですか?」
「その指輪が?」
怪訝そうに指輪を見つめる。
「肌身離さず身に着けていますから」
信じる? 信じた?
でもお母さまの形見なことは嘘じゃない。
ディア――私の名前と同じ花と私の誕生石を配したこの指輪は、私が生まれた記念にお爺さまから贈られたと言っていた。
脳裏に、この指輪をはめていたときのお母さまが浮かんでぐっと込み上げそうになった。
戻るなら、どうしてあの頃ではなかったのか。
「良く見せてください」
モアディさんが、私の手首をつかんだ。
「あ、あのっ」
ただの指輪なのだから、間近で見られようとなにも問題はないけれど、この人に触れられた瞬間びりっと痛みが走った。
力を込められているわけじゃないのに、痛くて熱い。
まるでそこから、私の思考をのぞかれているんじゃないかと錯覚する。
いくら魔法師でもそんなことできるはずないのに。
「きゃっ」
突然、横から花を突き抜けて腕が伸びてきて、私を掴んでいたモアディさんの手を振り払ってくれた。
「私の婚約者になにをしているのですか?」
ガサっと身体もかき分けて出てきて、私とモアディさんの間に入ってくれる。
「ユハスさま!?」
「いったいどういうことですか、モアディ殿」
ユハスさま、怒ってる?
穏やかで優雅なその声が、低く冷たい。
私の首に刃を当てた、あの時みたいに。
急に思い出して、私は首に手を当ててちゃんと自分の首がついているか確認してしまった。
「すみません、ちょっと珍しい指輪だったので見せてもらっていました」
「指輪……? これは母君の形見のお品です。それがなにか?」
「失礼しました。すみません、リーディアさま」
思わぬ形で、助っ人が入って尋問は中断される。
なにか私に言いたそうだったけど、モアディさんは頭を下げてくれた。
「私はどういうことか聞いているのですが?」
引かないのはユハスさまの方だった。
「赤くなっているではないですか」
「だ、大丈夫です! 庭の花を見ていたら、偶然……確かに素敵な指輪だから、目にとまったんですよね」
ちょっと言い訳ぎみすぎたかな。
でも、招待客と騒ぎになったら、ユハスさまのお立場が悪くなってしまう。
掴みかかりそうな勢いだったユハスさまの腕を、今度は私が引いた。
これ以上、ここでモアディさんと対峙するのも避けたい。
ボロが出てしまう前に、離れたい。
「い、行きましょうユハスさま」
「ですが……」
「ごきげんよう、モアディさん」
ユハスさまの腕を組み、ちょっと強引に別れを告げた。
「いいのですか?」
「ええ……」
一緒に歩き出したら、ユハスさまも問い詰めを諦めてくれた。
宴が見えて、やっとホッとする。
緊張した時間だったから、一気に力が抜けた。
「すみませんでした」
「え?」
ピタと脚を止め、ユハスさまが私に向き合った。
「さきほど婚約者とあなたのことを……」
「あ……」
場が凍っていたから、その事を聞き流していた。
まだ私たちの婚姻の約束は、表には出ていない時期だった。
周知の事実だからいいと思うけど、ちゃんと手順を踏まないといけないのが貴族。
発表されていないことを口外してはいけなかった。
結局私たちの婚姻はなくなってしまうのだけどね。
違う未来が。
私とユハスさまの未来が、用意されている可能性だってまだあるけれど。
天秤はなぜ、ユハスさまを選ばなかったのだろう。
「今日は両親が、あなたを招待するように促してきました。私も、そろそろいい時期だと思うのです」
「え……それってどういう……」
その言葉の意味を、私の希望解釈と同じか聞きたかった。
でも、宴会場が変にざわつきだして、私はそのざわつきの原因を目にして言葉をなくした。
ざわめきの向こうに、見えたのは。
「お…父さ、ま……」
帽子をかぶり、飾り杖を手にしたお父さまの横には、派手な赤い羽根を帽子に飾り同じく赤い色の大胆なドレスで立つ女性。
その後ろには淡い黄色のふわふわのドレスの少女が。
少し肌が濃い、異国の美貌。
あの親子だ。
娘の大事な人の催す人が集まる宴に、来ないわけがなかった。
前回もこうして来ていたのだろうか。
私はいなかったのでわからない。
「ユハスさま……?」
ユハスさまの視線の先は、義妹のクミンだった。
たぶん、これが初めての出会いだろう。
見慣れない肌、可愛らしい容姿、魅力的に映っているのだろうか。
「挨拶をしなければなりませんね」
私の声にハッとして、ユハスさまは取り繕うように私に微笑んだ。
なんだろう、胸がざわつく。
まっすぐクミンを見ていたユハスさまに、不安がむくむくと膨れ上がってくる。
「ユハスさま、私は……」
挨拶などしたくない。
いま、は私も初めて会う親子。
お父さまは嬉しそうな笑顔で、貴族仲間に新しい妻子を紹介しているようだ。
「大丈夫ですよ、私がついていますから」
組んでいる腕の手に、ユハスさまが手を重ねた。
その手が温かくて、自分の手が冷たくなっていることに気づく。
顔も青ざめているかな。
容姿では勝てないけれど、背筋を伸ばして堂々と振舞おう。
私がこそこそ隠れたら、負けだ。
いつか対峙しなきゃいけなかった。早まっただけ。
「お父さま」
声は私からかけた。
お父さまは私と目が合ったのに、気まずいからか目をふせてしまったけど。
「あ、あぁリーディア……」
人がいるので、いつものように聞こえないふりはできないでしょう?
「ご紹介してくださいな、新しいお母さまと……」
「お姉さまっ! はじめましてっ」
まだ私の言葉の途中なのに、クミンは前にぴょんと飛び出てきた。
「妻のハモラと、娘のクミンだ」
まるで他人に自分の家族を紹介するようですね、お父さま。
いやね。
こんなことで、いちいち胸が痛むのがなかなかなくならない。
「クミン、この国のことよくわからないから教えてくださいね。えっと……お名前は?」
クミンが話しているのは、私ではなくユハスさまにだった。
初対面から、もう私が見えていないらしい。
「ユハス・モリアネです。クミンさま」
養女とはいえ位はクミンの方が高くなってしまうので、ユハスはクミンに膝をついて頭を下げた。
「わぁっ」
クミンはそれが嬉しかったのか、頬を染めてはにかんでいる。
「ユハス殿、よかったらクミンにいろいろ教えてやって欲しい」
このお父さまの一言で、ユハスさまはクミンの遅れている勉強をみたり、クミンはマナーを学ぶとかでこのモリアネ邸に通うことになるはず。
クミンが学園に入れたのは、ユハスさまの教えと我が家のコネ。
代わりに、私は学園に行けなくなってしまうのよね。
いまここから、その未来が始まる。
「リーディアさま、紹介したい友達がいるので、あちらへ行きましょう」
あれ?
聞こえたはずなのに、ユハスさまはお父さまの言葉を無視して私の腕を引いた。
「ユハスさま……?」
始まるのは、今日じゃなかったの?
さっきあんな目でクミンを見ていたから、てっきり……。
「さあ、行きましょう」
ギリっと、誰かが奥歯を噛みしめたような音がした。
クミンだったのか、ハモラだったのか。
どうしよう、なんて言えばいいの。
凄腕の魔法師は、私の真偽を見抜くような顔をして見ている。
「リーの別名は『死を報せる花』といい、本来は縁起の良い物ではありません」
「えーー」
薄い笑いを浮かべて、わざとらしく驚いて見せた。
「あの日、酒場で。そして今日、なぜ色が変わるんですかね」
「それは…なぜでしょう、あはは……」
笑ってごまかせるとは思わないけれど、笑わないと黙り込んでしまいそうだ。
黙ったら、それが肯定になる。
第一、目の前の魔法師は私を疑って花を仕掛けたのだ。
「なぜ」とはわかっていない。
だから、凄く用心されている。
私を助けてくれたのではなく、疑っているからこうして現れるのか。
「本来臆病で飼い主にしか懐かない夜鳴鳥も、なぜかあなたのところに飛ばすのを嫌がらない。大人しく抱かせもする」
「さあ…撫でさせてくれたのでそれが普通なのかと」
撫でていたのは、主にクリアリだけれど。
「まるで尋問みたいですね」
「いいえ、確認ですよ」
私たちの間に、冷ややかな空気が流れる。
なんの確認だというのだろう。
怪しさ満点のこの私の。
「死に触れるというなら、それは当たり前の話です」
お願い、誤魔化されて。
「私はお母さまの形見を身に着けています」
右手の小指にはめた指輪を、私はモアディさんに見せる。
「お母さまの死から、ずっとです。あの酒場でも、いまも。だからではないですか?」
「その指輪が?」
怪訝そうに指輪を見つめる。
「肌身離さず身に着けていますから」
信じる? 信じた?
でもお母さまの形見なことは嘘じゃない。
ディア――私の名前と同じ花と私の誕生石を配したこの指輪は、私が生まれた記念にお爺さまから贈られたと言っていた。
脳裏に、この指輪をはめていたときのお母さまが浮かんでぐっと込み上げそうになった。
戻るなら、どうしてあの頃ではなかったのか。
「良く見せてください」
モアディさんが、私の手首をつかんだ。
「あ、あのっ」
ただの指輪なのだから、間近で見られようとなにも問題はないけれど、この人に触れられた瞬間びりっと痛みが走った。
力を込められているわけじゃないのに、痛くて熱い。
まるでそこから、私の思考をのぞかれているんじゃないかと錯覚する。
いくら魔法師でもそんなことできるはずないのに。
「きゃっ」
突然、横から花を突き抜けて腕が伸びてきて、私を掴んでいたモアディさんの手を振り払ってくれた。
「私の婚約者になにをしているのですか?」
ガサっと身体もかき分けて出てきて、私とモアディさんの間に入ってくれる。
「ユハスさま!?」
「いったいどういうことですか、モアディ殿」
ユハスさま、怒ってる?
穏やかで優雅なその声が、低く冷たい。
私の首に刃を当てた、あの時みたいに。
急に思い出して、私は首に手を当ててちゃんと自分の首がついているか確認してしまった。
「すみません、ちょっと珍しい指輪だったので見せてもらっていました」
「指輪……? これは母君の形見のお品です。それがなにか?」
「失礼しました。すみません、リーディアさま」
思わぬ形で、助っ人が入って尋問は中断される。
なにか私に言いたそうだったけど、モアディさんは頭を下げてくれた。
「私はどういうことか聞いているのですが?」
引かないのはユハスさまの方だった。
「赤くなっているではないですか」
「だ、大丈夫です! 庭の花を見ていたら、偶然……確かに素敵な指輪だから、目にとまったんですよね」
ちょっと言い訳ぎみすぎたかな。
でも、招待客と騒ぎになったら、ユハスさまのお立場が悪くなってしまう。
掴みかかりそうな勢いだったユハスさまの腕を、今度は私が引いた。
これ以上、ここでモアディさんと対峙するのも避けたい。
ボロが出てしまう前に、離れたい。
「い、行きましょうユハスさま」
「ですが……」
「ごきげんよう、モアディさん」
ユハスさまの腕を組み、ちょっと強引に別れを告げた。
「いいのですか?」
「ええ……」
一緒に歩き出したら、ユハスさまも問い詰めを諦めてくれた。
宴が見えて、やっとホッとする。
緊張した時間だったから、一気に力が抜けた。
「すみませんでした」
「え?」
ピタと脚を止め、ユハスさまが私に向き合った。
「さきほど婚約者とあなたのことを……」
「あ……」
場が凍っていたから、その事を聞き流していた。
まだ私たちの婚姻の約束は、表には出ていない時期だった。
周知の事実だからいいと思うけど、ちゃんと手順を踏まないといけないのが貴族。
発表されていないことを口外してはいけなかった。
結局私たちの婚姻はなくなってしまうのだけどね。
違う未来が。
私とユハスさまの未来が、用意されている可能性だってまだあるけれど。
天秤はなぜ、ユハスさまを選ばなかったのだろう。
「今日は両親が、あなたを招待するように促してきました。私も、そろそろいい時期だと思うのです」
「え……それってどういう……」
その言葉の意味を、私の希望解釈と同じか聞きたかった。
でも、宴会場が変にざわつきだして、私はそのざわつきの原因を目にして言葉をなくした。
ざわめきの向こうに、見えたのは。
「お…父さ、ま……」
帽子をかぶり、飾り杖を手にしたお父さまの横には、派手な赤い羽根を帽子に飾り同じく赤い色の大胆なドレスで立つ女性。
その後ろには淡い黄色のふわふわのドレスの少女が。
少し肌が濃い、異国の美貌。
あの親子だ。
娘の大事な人の催す人が集まる宴に、来ないわけがなかった。
前回もこうして来ていたのだろうか。
私はいなかったのでわからない。
「ユハスさま……?」
ユハスさまの視線の先は、義妹のクミンだった。
たぶん、これが初めての出会いだろう。
見慣れない肌、可愛らしい容姿、魅力的に映っているのだろうか。
「挨拶をしなければなりませんね」
私の声にハッとして、ユハスさまは取り繕うように私に微笑んだ。
なんだろう、胸がざわつく。
まっすぐクミンを見ていたユハスさまに、不安がむくむくと膨れ上がってくる。
「ユハスさま、私は……」
挨拶などしたくない。
いま、は私も初めて会う親子。
お父さまは嬉しそうな笑顔で、貴族仲間に新しい妻子を紹介しているようだ。
「大丈夫ですよ、私がついていますから」
組んでいる腕の手に、ユハスさまが手を重ねた。
その手が温かくて、自分の手が冷たくなっていることに気づく。
顔も青ざめているかな。
容姿では勝てないけれど、背筋を伸ばして堂々と振舞おう。
私がこそこそ隠れたら、負けだ。
いつか対峙しなきゃいけなかった。早まっただけ。
「お父さま」
声は私からかけた。
お父さまは私と目が合ったのに、気まずいからか目をふせてしまったけど。
「あ、あぁリーディア……」
人がいるので、いつものように聞こえないふりはできないでしょう?
「ご紹介してくださいな、新しいお母さまと……」
「お姉さまっ! はじめましてっ」
まだ私の言葉の途中なのに、クミンは前にぴょんと飛び出てきた。
「妻のハモラと、娘のクミンだ」
まるで他人に自分の家族を紹介するようですね、お父さま。
いやね。
こんなことで、いちいち胸が痛むのがなかなかなくならない。
「クミン、この国のことよくわからないから教えてくださいね。えっと……お名前は?」
クミンが話しているのは、私ではなくユハスさまにだった。
初対面から、もう私が見えていないらしい。
「ユハス・モリアネです。クミンさま」
養女とはいえ位はクミンの方が高くなってしまうので、ユハスはクミンに膝をついて頭を下げた。
「わぁっ」
クミンはそれが嬉しかったのか、頬を染めてはにかんでいる。
「ユハス殿、よかったらクミンにいろいろ教えてやって欲しい」
このお父さまの一言で、ユハスさまはクミンの遅れている勉強をみたり、クミンはマナーを学ぶとかでこのモリアネ邸に通うことになるはず。
クミンが学園に入れたのは、ユハスさまの教えと我が家のコネ。
代わりに、私は学園に行けなくなってしまうのよね。
いまここから、その未来が始まる。
「リーディアさま、紹介したい友達がいるので、あちらへ行きましょう」
あれ?
聞こえたはずなのに、ユハスさまはお父さまの言葉を無視して私の腕を引いた。
「ユハスさま……?」
始まるのは、今日じゃなかったの?
さっきあんな目でクミンを見ていたから、てっきり……。
「さあ、行きましょう」
ギリっと、誰かが奥歯を噛みしめたような音がした。
クミンだったのか、ハモラだったのか。
