お茶会当日、髪を結ってくれるお手伝いがいないので、私は街の理容店に入る。
ドレスを見せて、これに合わせてできるか頼んでみたら、そういう依頼は初めてなのかちょっと店主を戸惑わせてしまったけど。
それでも、腕まくりをした店主はやりがいを感じてくれたのか、あれこれ駆使して「貴族のお茶会風」な仕上がりにしてくれた。
何度か髪を編みなおしている途中、他愛もない世間話だったけど、そこには参考になる情報が詰まっていた。
いま街では臙脂と深い青と薄い青が流行っていること。子供たちは手袋や襟巻が嫌いなこと。男性はかっちりとした大きめの上衣を好んで着るけど、中には重ね着をしていること。
手袋とか嫌いなんて、知らなかった。
貴族は手袋が必須だから、思いつかなかった。
寒くなったら、子供たちの手や首もとを温めるなにかを作らなきゃだめね。
街の店先に展示されている服や小物は、確かに臙脂や青の色が多い。
行き交う娘たちも、りぼんに爪色にその色を身に着けている。
お洒落さんが多くて、見ていて楽しい気持ちになった。
これから売り込みの大仕事が待ってる。
可愛い女の子を増やしてあげる。
頑張ろうって気持ちが上向くわね。
「こんにちは」
一軒の仕立て屋の扉を開く。
キリカに街一番の仕立て屋を聞いたら、叔母さんやっているという店を紹介してもらえた。
私も会ったことがあるから、話しやすいし頼みやすかった。
「あらあら、リーディアさま」
奥から、物差しを手に笑顔の店主が出てくる。
「用意できてますでしょうか」
「もちろん、こちらになります」
棚の中に入れられていた化粧箱を取り出し、私に向って開く。
実はこんなものを作ってほしいと絵にしたものを持ち込んだ時、納期が短いこともあり難色を示されたけど、引き受けてはもらえた。
さっきの理容店もそうだけど、この街のひとたちの向上心は高いらしい。
「素晴らしい出来です」
手に取り上げなくても、わかる。
ミンキー特有のふわふわとした毛並みを生かした肩掛け。
留め具ではなく、上質な絹を片方の肩よりに結んで留める、華やかなりぼんが肩を彩る。
この形は私が出席していたお茶会や舞踏会などでは見たことがないから、注目はされるだろう。
「また、近いうちに依頼に参ります」
貯めていた私のおこずかいの半分がなくなってしまったけど、この仕事の対価なら安い方だ。
貴族相手の仕立て屋なら、この3倍はとられてしまう。
ユハスさまが用意してくれた馬車に乗り込むと、私はモリアネ邸に向かった。
会場は、花の咲き誇る庭に用意されていた。
色とりどりの花の中に置かれたテーブルの上には、可愛い色をしたお菓子やパンが置かれ、飲み物を用意している使用人がグラスを手に近寄ってくる。
「リーディアさま、お飲み物はいかがですか」
「ありがとう、いただくわ」
盆の上の淡い赤色の飲み物を手に取ると、私は来ているはずのキリカを探した。
お店を紹介してもらうとき、キリカも呼ばれていると聞いて二人して喜んだ。
「キリカ!」
キリカはすぐ見つかった。
流行りだと聞いた深い青のドレスを着ていて、私の薄い青のドレスと並ぶと色合わせしたように見えた。
「リーディア、よかったすぐ会えて」
ホッとした顔のキリカが駆け寄ってきた。
「凄い人数ね」
誕生日のお茶会は盛大に開かれるものだけど、呼ばれているのはヒイロさまだけではなくユハスさまやご両親が懇意にしている人たちも呼ばれているからけっこうな人数になっている。
売り込める人が多いのは、私には幸運だけれど。
「あ、ヒイロさまがいらっしゃったわ」
キリカがうっとりとその姿を見つめる。
父親の腕をとり優雅に歩いてくるヒイロさまは、とても美しい。
後ろに控えたユハスさまも凛々しい美しさだけれど。
切れ長の瞳は冷たい印象があるけれど、私の知っているこの頃のヒイロ様はまだあどけない頬をして中身はまだまだ幼いはずだ。
「リーディアさまっ」
みなに会釈しながら進む中、私を見ると脚を止めてくれた。
私は、少し離れたところに待機してもらっていた馭者に目くばせをする。
馭者はそれに気づくと、手にした化粧箱を運んでくれた。
「こちら、気に入っていただけると嬉しいのですが……お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。開けてもよろしくて?」
「もちろんです」
ゆっくりと箱が開かれると、ヒイロさまの瞳に色が入るのがわかった。
感動すると宿る光。
「なんて……なんて素敵なのかしらっっっ。付けてもよろしくて? 私、すごく気に入りましたわっ」
興奮して、少し早口になるところ、ツンとした口元が緩んで可愛らしい。
私は肩掛けをヒイロさまにかけてりぼん結んだ。
「素敵ぃ……」
取り巻いていた貴族令嬢のそんなため息が、私の耳にも届く。
私は心に中で、ぐっとこぶしを握り締めて勝利を確信した。
「凄い件数ね、リーディア」
依頼者の名簿を見ながらキリカが驚いている。
キリカがいてくれて本当に助かった。
あの肩掛けはどこで手に入るの、お値段は? などと囲まれた所を、あれは私のデザインでこれから流行るものだから注文したほうがいいと後ろから囁いて推してくれた。
手を挙げた家名を記して名簿まで作ってくれて、さすが商売をやっている家の子だけある。
ついでに「今年は寒くなる」と吹聴しておいたから、これは資金ができたら毛皮も追加で仕入れてもいいかな。
自分の成果を評されるのは、こんなに高揚するものなのね。
我ながら可愛い装飾、色配置だと自信はあった。
「キリカさま、この前は……」
キリカの前に私の知らないご友人が現れたところで、私は一息つくために宴席を離れた。
「いい香り……」
花冠の庭。ぐるりと道をたどると円になるようになっているから、この庭はそう呼ばれている。
ユハスさまと、この庭を歩いたこともある。
すごく昔の記憶だけれど、少し前のことだ。
まだ宴席は賑わっていて、花冠の庭の方には私しかいない。
おかげで、ゆっくり花を楽しむことができた。
ガサリ。
円を繋いだ出入口に、人の影が落ちた。
別の人が休憩に来たらしい。
「ん?」
その影の人に道を譲ろうとしたのに、動かない。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に、反射的に顔をあげた。
「え? モア…ディさん……?」
足元から上に視線を上げると、ローブをまとった正装の立っていたのはモアディさんだった。
「先日は失礼しました」
律儀にそう言われたので、私もいいえと返答する。
「また今日も魔法で現れたんですか?」
「いえ、本日は招待を受けています」
ちょっとした嫌味が、通じる相手じゃなかったわね。
「モアディさんも花に興味がおありですか?」
ただ花を見にここへ来たとは思えない。
私を追いかけてきたの?
「素敵な庭ですね。貴重な花が多くある」
ああ。単に学術的に興味がわいたのか。
魔法と自然物、特に植物は薬も作る魔法師にとっては、切っても切り離せないものだものね。
「なにが貴重なんですか?」
特に深い意味はなく、聞いてみた。
するとモアディさんは私へと手を伸ばすから身体が固まる。
え? なに? 髪に触る!?
「失礼」
顔の横を通って腕は、私の後ろの花を1輪手折った。
「これですよ」
手の上に乗せられた白い花。
八重の重なった花弁が、鞠のようで可愛らしいと思っていた。
「城内では栽培禁止。栽培は一部でしか認められていません。認定庭師しか扱えないのです」
「え? そうなんですか? なぜ?」
認定庭師なら、うちにもいたけれど。
「この花の種は、毒を精製できるからですよ」
「え!?」
毒という単語に、ドクンと心臓が脈打った。
この庭に毒が? なにか意味深なの?
この人の表情、本当に読めない。
「花が可愛らしいので、貴族の間ではよく栽培されていますけれどね」
「あ、そうなんですか?」
急に笑顔になったから、ますますわからない。
私になんで話しかけてきたの? ただの知り合いだから、それとも意味があるの?
いろいろ考えてしまって、会話がぎこちなくなりそう。
イリと違って、緊張する空気がこの人にはある。
「ただ、白は珍しいんですよ。毒が強いので」
「え!?」
こういうところ、が!
私にその話をして、反応を見たいの? それともなにもないの?
「あそこに、リーの花も咲いていますよ」
「え? どれですか?」
急に話題が移ったから、声が裏返ってしまって恥ずかしい。
リーといえば、あの酒場で飲んだ美味しい飲み物の原料。
魔法で、色が変わった。
「この白い花です」
私では届かない高い背の花。
モアディさんでさえ少し背伸びをしてそれを手折った。
楽器のような、吹いたら鳴りそうな形をしている。
「どうぞ」
手渡されて、受け取った。
瞬間、甘い香りと色に変化が。
「また魔法ですか?」
「いいえ、私は何も」
でも、さっきまで白かったこの花は、透けた金色に変わった。
「その花は、死に触れると色が変わるのです」
モアディさんの声色に、厳しさが含まれていた。
ドレスを見せて、これに合わせてできるか頼んでみたら、そういう依頼は初めてなのかちょっと店主を戸惑わせてしまったけど。
それでも、腕まくりをした店主はやりがいを感じてくれたのか、あれこれ駆使して「貴族のお茶会風」な仕上がりにしてくれた。
何度か髪を編みなおしている途中、他愛もない世間話だったけど、そこには参考になる情報が詰まっていた。
いま街では臙脂と深い青と薄い青が流行っていること。子供たちは手袋や襟巻が嫌いなこと。男性はかっちりとした大きめの上衣を好んで着るけど、中には重ね着をしていること。
手袋とか嫌いなんて、知らなかった。
貴族は手袋が必須だから、思いつかなかった。
寒くなったら、子供たちの手や首もとを温めるなにかを作らなきゃだめね。
街の店先に展示されている服や小物は、確かに臙脂や青の色が多い。
行き交う娘たちも、りぼんに爪色にその色を身に着けている。
お洒落さんが多くて、見ていて楽しい気持ちになった。
これから売り込みの大仕事が待ってる。
可愛い女の子を増やしてあげる。
頑張ろうって気持ちが上向くわね。
「こんにちは」
一軒の仕立て屋の扉を開く。
キリカに街一番の仕立て屋を聞いたら、叔母さんやっているという店を紹介してもらえた。
私も会ったことがあるから、話しやすいし頼みやすかった。
「あらあら、リーディアさま」
奥から、物差しを手に笑顔の店主が出てくる。
「用意できてますでしょうか」
「もちろん、こちらになります」
棚の中に入れられていた化粧箱を取り出し、私に向って開く。
実はこんなものを作ってほしいと絵にしたものを持ち込んだ時、納期が短いこともあり難色を示されたけど、引き受けてはもらえた。
さっきの理容店もそうだけど、この街のひとたちの向上心は高いらしい。
「素晴らしい出来です」
手に取り上げなくても、わかる。
ミンキー特有のふわふわとした毛並みを生かした肩掛け。
留め具ではなく、上質な絹を片方の肩よりに結んで留める、華やかなりぼんが肩を彩る。
この形は私が出席していたお茶会や舞踏会などでは見たことがないから、注目はされるだろう。
「また、近いうちに依頼に参ります」
貯めていた私のおこずかいの半分がなくなってしまったけど、この仕事の対価なら安い方だ。
貴族相手の仕立て屋なら、この3倍はとられてしまう。
ユハスさまが用意してくれた馬車に乗り込むと、私はモリアネ邸に向かった。
会場は、花の咲き誇る庭に用意されていた。
色とりどりの花の中に置かれたテーブルの上には、可愛い色をしたお菓子やパンが置かれ、飲み物を用意している使用人がグラスを手に近寄ってくる。
「リーディアさま、お飲み物はいかがですか」
「ありがとう、いただくわ」
盆の上の淡い赤色の飲み物を手に取ると、私は来ているはずのキリカを探した。
お店を紹介してもらうとき、キリカも呼ばれていると聞いて二人して喜んだ。
「キリカ!」
キリカはすぐ見つかった。
流行りだと聞いた深い青のドレスを着ていて、私の薄い青のドレスと並ぶと色合わせしたように見えた。
「リーディア、よかったすぐ会えて」
ホッとした顔のキリカが駆け寄ってきた。
「凄い人数ね」
誕生日のお茶会は盛大に開かれるものだけど、呼ばれているのはヒイロさまだけではなくユハスさまやご両親が懇意にしている人たちも呼ばれているからけっこうな人数になっている。
売り込める人が多いのは、私には幸運だけれど。
「あ、ヒイロさまがいらっしゃったわ」
キリカがうっとりとその姿を見つめる。
父親の腕をとり優雅に歩いてくるヒイロさまは、とても美しい。
後ろに控えたユハスさまも凛々しい美しさだけれど。
切れ長の瞳は冷たい印象があるけれど、私の知っているこの頃のヒイロ様はまだあどけない頬をして中身はまだまだ幼いはずだ。
「リーディアさまっ」
みなに会釈しながら進む中、私を見ると脚を止めてくれた。
私は、少し離れたところに待機してもらっていた馭者に目くばせをする。
馭者はそれに気づくと、手にした化粧箱を運んでくれた。
「こちら、気に入っていただけると嬉しいのですが……お誕生日おめでとうございます」
「ありがとうございます。開けてもよろしくて?」
「もちろんです」
ゆっくりと箱が開かれると、ヒイロさまの瞳に色が入るのがわかった。
感動すると宿る光。
「なんて……なんて素敵なのかしらっっっ。付けてもよろしくて? 私、すごく気に入りましたわっ」
興奮して、少し早口になるところ、ツンとした口元が緩んで可愛らしい。
私は肩掛けをヒイロさまにかけてりぼん結んだ。
「素敵ぃ……」
取り巻いていた貴族令嬢のそんなため息が、私の耳にも届く。
私は心に中で、ぐっとこぶしを握り締めて勝利を確信した。
「凄い件数ね、リーディア」
依頼者の名簿を見ながらキリカが驚いている。
キリカがいてくれて本当に助かった。
あの肩掛けはどこで手に入るの、お値段は? などと囲まれた所を、あれは私のデザインでこれから流行るものだから注文したほうがいいと後ろから囁いて推してくれた。
手を挙げた家名を記して名簿まで作ってくれて、さすが商売をやっている家の子だけある。
ついでに「今年は寒くなる」と吹聴しておいたから、これは資金ができたら毛皮も追加で仕入れてもいいかな。
自分の成果を評されるのは、こんなに高揚するものなのね。
我ながら可愛い装飾、色配置だと自信はあった。
「キリカさま、この前は……」
キリカの前に私の知らないご友人が現れたところで、私は一息つくために宴席を離れた。
「いい香り……」
花冠の庭。ぐるりと道をたどると円になるようになっているから、この庭はそう呼ばれている。
ユハスさまと、この庭を歩いたこともある。
すごく昔の記憶だけれど、少し前のことだ。
まだ宴席は賑わっていて、花冠の庭の方には私しかいない。
おかげで、ゆっくり花を楽しむことができた。
ガサリ。
円を繋いだ出入口に、人の影が落ちた。
別の人が休憩に来たらしい。
「ん?」
その影の人に道を譲ろうとしたのに、動かない。
「こんにちは」
聞き覚えのある声に、反射的に顔をあげた。
「え? モア…ディさん……?」
足元から上に視線を上げると、ローブをまとった正装の立っていたのはモアディさんだった。
「先日は失礼しました」
律儀にそう言われたので、私もいいえと返答する。
「また今日も魔法で現れたんですか?」
「いえ、本日は招待を受けています」
ちょっとした嫌味が、通じる相手じゃなかったわね。
「モアディさんも花に興味がおありですか?」
ただ花を見にここへ来たとは思えない。
私を追いかけてきたの?
「素敵な庭ですね。貴重な花が多くある」
ああ。単に学術的に興味がわいたのか。
魔法と自然物、特に植物は薬も作る魔法師にとっては、切っても切り離せないものだものね。
「なにが貴重なんですか?」
特に深い意味はなく、聞いてみた。
するとモアディさんは私へと手を伸ばすから身体が固まる。
え? なに? 髪に触る!?
「失礼」
顔の横を通って腕は、私の後ろの花を1輪手折った。
「これですよ」
手の上に乗せられた白い花。
八重の重なった花弁が、鞠のようで可愛らしいと思っていた。
「城内では栽培禁止。栽培は一部でしか認められていません。認定庭師しか扱えないのです」
「え? そうなんですか? なぜ?」
認定庭師なら、うちにもいたけれど。
「この花の種は、毒を精製できるからですよ」
「え!?」
毒という単語に、ドクンと心臓が脈打った。
この庭に毒が? なにか意味深なの?
この人の表情、本当に読めない。
「花が可愛らしいので、貴族の間ではよく栽培されていますけれどね」
「あ、そうなんですか?」
急に笑顔になったから、ますますわからない。
私になんで話しかけてきたの? ただの知り合いだから、それとも意味があるの?
いろいろ考えてしまって、会話がぎこちなくなりそう。
イリと違って、緊張する空気がこの人にはある。
「ただ、白は珍しいんですよ。毒が強いので」
「え!?」
こういうところ、が!
私にその話をして、反応を見たいの? それともなにもないの?
「あそこに、リーの花も咲いていますよ」
「え? どれですか?」
急に話題が移ったから、声が裏返ってしまって恥ずかしい。
リーといえば、あの酒場で飲んだ美味しい飲み物の原料。
魔法で、色が変わった。
「この白い花です」
私では届かない高い背の花。
モアディさんでさえ少し背伸びをしてそれを手折った。
楽器のような、吹いたら鳴りそうな形をしている。
「どうぞ」
手渡されて、受け取った。
瞬間、甘い香りと色に変化が。
「また魔法ですか?」
「いいえ、私は何も」
でも、さっきまで白かったこの花は、透けた金色に変わった。
「その花は、死に触れると色が変わるのです」
モアディさんの声色に、厳しさが含まれていた。