「ありがとうねぇっ、お嬢さまっ」

 どんと私の前に置かれた紙袋には、干し肉やパン、果物に焼き菓子、比較的日持ちがするものを、とお願いして詰めてもらった。

 店に入ったときは、私の身なりをジロジロ見られたけど、買い物なんて普通はお手伝いの仕事で、私のようなのが来ることは少ないから仕方ない。

 あれもこれも美味しそう、とよく知らない食材を眺めていたら、店のおばさんは私にもわかるようにちゃんと教えてくれた。

 ちょっと荒っぽい言葉を使うけど、だらだらとご機嫌を穂伺いながら長ったらしく売り込まれるよりはいい。

「細っこいね。ちゃんとご飯食べてるのかい? これも持っていきな」

「ありがとうございます」

 おまけまでしてくれるなんて、次もここで買い物しよう。

「あんた、カイゼン家のお嬢さんだろ?」
 奥から出てきた男の人が、私にそう話しかけてきた。

「おや、あんた知ってんのかい?」
「あぁ。お屋敷に納品したとき見かけたことがある」

 旦那さんだろうか。
 私の方は、記憶にない。

「これも持っていきなさい」

 そう言って、焼き立てのパンも紙袋に入れてくれた。

 キリカが知っていたように、新しくくる親子のため屋敷の使用人が入れ替えられ、私が家の中で住みづらくなるのを知っているのだろう。

 みんなに知られていると思うと辛くもあるけど、街の人の温かさも今日は感じた。

 前は引き籠ってしまったから、街の様子も、こんなに美味しいものたちも知らなかった。
 私はずいぶん損をしていたわね。

「ありがとう、また来ます」

 礼を言って店を出た。

 子供たちが、声をあげながら私の横を駆け抜けてゆく。
 建物の二階から伸ばされた紐に洗濯を干す姿、店先で笑いながら話している奥さんたち、世界はこんなに明るいのに。

 今回の話しがうまくまとまれば、この街の人も助けられる。

 出た利益を今度は燃料につぎ込んで、街の人に安く売ればいいんだわ。
 街の人相手には少額利益、貴族には高値で。


 想像したら、まだなしてないのに気分が上がった。

 早くいっぱい稼いで、あの家を出てあの人たちから離れないと。

「おい」

 お金を稼げたらあれもしたい、これも欲しい、あっちも食べてみたいと妄想しながら裏路地の先に待つ馬車停留所へ戻っていると、背後から呼び止められた。

「どちら様ですか?」

 振り返ると、「悪者」面《つら》した男たちが3人立っていた。
 路地には私しかいないから、私に声をかけてきたのは明らか。

 その身なりからして、味方でなてことは確かだ。

 冷や汗が出た。
 いまこの路地には、私しかひとけが無い。

 大声を出せば広場にまで届くだろうか。
 このタイミングで誰か通りかかりはしないか。
 私ひとりで撃退できないだろうか。

 一瞬で色々考えてみたけど、可能性がいちばん高い方法をとろうとした私の口を、背後からきた一人の男が塞いで羽交い絞めにしてきた。

 そのせいで、持っていた紙袋を落としてしまった。

 せっかくの焼き立てパンがつぶれたらどうしてくれるのよっ。
 あの店の夫婦の顔が浮かんで、申し訳ない気持ちになった。

 挟み撃ちされていたのね。
 もがいたけれど、男の力には到底かなわない。
 びくともしないし息が荒くなって呼吸が苦しくなる。

 それに。

 どうしよう、この男手がとても臭いわっ。
 拘束されているより、それが耐えられない。

「カイゼン・リーディアだな」

 最初にいた3人のうち、ひとりが顔を確かめるように前に出てきた。

「おい、顔がよく見えない。手じゃなくて布を噛ませろ」

「ふぐふぐっ、うぐっ」

 手がはずれる一瞬のすきに叫ぼうとしたけど、すぐ布を嚙まされて叫べなかった。

 でもあの臭い手が外れたことにはホッとする。
 まだ、鼻にこびりついている気がするけど。

「金髪で、翠色の瞳だったなぁっ?」

 男が後ろの男たちに確認する。

「あぁ、そうだ。間違いねぇっ」 

 聞かれた一人の男は紙と私を交互に見て叫んだ。

「……ふぉんあ」


 そんなと言いたかった。

 金髪で翠色の瞳っていうだけで、決めつけるなんて。
 本人だけど、そんなおおざっぱでいいの!?

「悪いな、嬢ちゃん。俺たちを恨まないでくれよ」

「ふぇっ!?」

 私を押さえている男が、腰に差していた短剣を抜いた。

 銀色に光るその刃を顔に近づけられ、全身の血が一気に下がった気がした。

 身体は冷たく感じるのに心臓はバクバクいっていて、頭は真っ白になった。

 斬首を回避するために動いているのに、それを待たずにここで殺されるの?
 殺される運命は変えられないってこと?

 商談もうまくいきそうで、この街の人も救えるかもしれないのにっ。
 悔しくて、涙が込み上げてくる。

「おい、ここで殺るのはまずい。もっと人気のないところまで連れて行くぞ」

「そうだな」

 いや、殺されたくない。

「ふがふがっっっ」

 暴れて、声を出そうとしたけど噛まされた布がほんといい仕事してて叫べない。

「騒ぐなっ! 暴れるなっ!」

 そう言われても、死にたくない私も必死。

「んーーーーっ、んーーーーーーっ」

 蹴ったりできないかと足をばたつかせたら、踵が後ろの男の脛に当たった。

「うっ」

 やった、怯んだ。
 そんなに高くなくても、ヒールは痛いでしょ。

 緩んだ腕からするりと、私は抜け出た。

「バカ、なにやってんだっっっ」

 抜け出はしたけど、前後に囲まれているから逃げられそうにない。

 私は大きく息を吸って、

「キャーーーーーーーー!!」

 叫んだ。

「おいっ」
「静かにしろっ」


 焦った男たちが、一斉に襲い掛かってきた。

 お願い、私の声が届いて。誰か駆け付けて。

 そう願った。

「おとなしくさせろっ」

 男が叫んで、焦った別の男が私の腹を殴った。

「うっっ……」

 どんと拳が入った瞬間、目に火花が飛んだみたいにチカチカして息ができなくなった。

 息が止まる苦しさに、意識が遠のく。

 ゆっくりとした景色の中に、見知った顔が見えた。

 純白のケープマントは……。

 視界が真っ黒になる。
 思考も止まった。