「あれ? 唯澄くんどうしたの?」

「前髪乱れてるけど」

「えっ! うそ!」

唯澄くんの言葉に慌てながら、バッグの中から手鏡を出す。小さな手鏡に映る私の前髪は、真ん中でパックリと分かれていた。

「前髪に命かけてるんじゃなかったの」

私の口癖でもある言葉を、唯澄くんは澄ました表情のまま、煽るような口調で告げた。

恋する乙女にとって、前髪は命だ。

私は毎朝、眉毛よりも少し下で切り揃えられた薄めの前髪をワンカールしている。どんなに走っても、汗をかいても、かわいい前髪を維持できるように毎日スプレーで固めている。

どうやら今日はその固める作業を忘れてしまったらしい。

「うぅ~最悪だあ……」

露になっているおでこと眉毛を見ながら大きな溜息を吐いた。カールされたサラサラの前髪を手櫛で整えていく。

唯澄くんの前では常に100%かわいい状態でいたいのに。

一気に心がブルー一色に染まっていく。

その場で立ち止まりながら鏡と睨めっこしていると、隣で立ち止まってくれていた唯澄くんは「そんなに落ち込むこと?」と呆れたような声を上げた。