オレノペット





………数日後、再びスーパー帰りに家電量販店に立ち寄った。


ピピッピッ


そっと乗ったお試し用の体重計が、計測完了の音を立てる。


「………。」

「お客様~もしよろしければ、こちらの乗るだけで痩せられると評判のマシーンも試されますか~?」


ほっそりした足の店員さんが、やたら愛想良くダイエット器具を薦めてくるこの状況。


「い、いえ…結構です…」


…何が『本望だ』よ。
そんな事言える立場じゃない。

“消えてしまえ”な脂肪がかなり溜まってるくせに。


どうしよう…本気でダイエットしなきゃ…


並列店舗のフィットネスジムのパンフレットを貰って見たけど、入会金が高い上に月謝も高い。
借金まみれ(杉崎さんにだけど)のしがない会社員には出せない…


じゃあ、駅を一駅分歩くとか…お金をかけなくても出来るヤツを考えよう。


そういえば、この前杉崎さんと一緒に観たテレビで“ガリガリ芸人特集”やってたな…
その中で、カレーはキャベツと食べるとか、ちゃんぽんは麺抜きだって言ってた人が居たな。


……よし。


とにかく出来る事からと、お弁当も野菜中心で炭水化物はなるべく少なめ。


「……何、具合でも悪いの?」


昼休み、いつもの在庫管理室で私のお弁当と自分のを見比べた杉崎さんが少し怪訝な顔をした。


「い、いえ…最近ちょっと太り気味だから、野菜中心にしようかなって」

「ああ…ごめん、聞いちゃいけないやつだったね。」


………杉崎さん、“ダイエットなんてする必要ある?”って言わない。
しかも、察しがいいのは女性に慣れている証拠。


眉を下げて笑う杉崎さんに、危機感を抱いた。


良かった、取り返しが付かなくなる前に気がついて。
このまま太り続けてたら私……


『悪いけど俺、豚を飼う趣味無いんで』


……捨てられる。


改めて決意を固くし、一駅歩くために早起きして、夜もストレッチと軽い筋トレ。

沢山動くようになったせいか、お昼が近づくと、ものすごい音でお腹がぐうぐうと音を立てて、夜は大抵、気がつかないうちに寝落ちするようになっていた。









ダイエットを始めて数週間後の、暑さが残る10月中旬。

いつも通り、在庫整理室で杉崎さんとお昼ご飯。


…今日も温野菜と煮物…か。


自分のお弁当箱を見て溜息をついた。
チラリと杉崎さんのお弁当に目線を移す。


今日の卵焼き、いつになくうまく焼けたんだよな…。
ハンバーグも。この前の残りだけど、あれ、美味しかったよな…。
ネギの豚肉巻きも…甘辛く味付けして…ああ、白いご飯とガツンと食べたい。


ぐうううっ


盛大に私のお腹が音を立て、主張する。


し、しまった…


杉崎さんが真顔で私の顔を見た。


「お、美味しそうだなーって!私のお弁当!」

「…野菜?」

「は、はい!野菜大好きですから…」

「ふーん…」


杉崎さんは、そこからは特に何も話さず、無言でパクパクとお弁当を食べ始め、ものの5分位で食べ終わると、ペットボトルのお茶を一口飲んでから立ち上がった。


「…ちょっと出てくる。」


素っ気なく、パタンと閉まるドアの音。
どことなく寂しさが込み上げて、自分のお弁当をちびちびと食べながら、フウと溜息をついた。


…いつになったらちゃんとした食事に戻せるんだろう。
週末の出前はもちろん、お肉も、脂ののったお魚も…ジャンクフードも、お菓子も、ケーキも…大好きなもの全部我慢してる。


それなのに、体重は大して変わらない。


…杉崎さんの隣に立ってお似合いは無理だとわかってるけど、せめてもう少しまともになりたいって思ってるだけなのに。
それすら叶わないなんて…情けないな、私…。


ネガティブな思考に偏って、目頭が熱くなる。
スンと鼻を啜り、涙をどうにか堪え、最後の大根の煮物を飲み込んだ。




「あー…ここ、涼しーなー!今日は外、暑いわ…」


お弁当を食べ終わって数分後、杉崎さんが、項垂れながら戻って来た。


少し…汗かいてる?
外に行ってきたのかな……。


小首を傾げて見上げる私に口角を上げてキュッと微笑み、「これ。」と持っていた小さめの紙袋を少し上に持ち上げた。


その紙袋には“Baeckerei Yamada"の文字


これって…会社の近くにあるパン屋さん…最近出来たんだよね、確か。


「知ってる?同じ営業1課の女の子から聞いたんだけど、美味いんだって、ここのカレーパン。」


カレー…パン。


言葉に反応して思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。


隣にストンと杉崎さんが腰を下ろすと、カレーの良い匂いが鼻をくすぐった。


「美味いかな~」


くふふって笑うそのの丸っこい指先が、パンを持つ。


石窯焼きだって聞いたことがあるけれど…見た目がカレーパンぽくないな…
パン粉は付いているけれど、マフィンの様な形をしていて、少し白っぽい。


でも…ものすごく美味しそう。


パクリと杉崎さんがかぶりついた。


「おっ!美味い。へー…」


モグモグと動くほっぺたと満足そうに笑う顔が可愛い…。
さっき私の作ったお弁当を食べていた時とは大違いだな。全然笑ってなかったもんね…。


「あ、あの…すみません、今日、お弁当量が少なかったですか?それとも味がいまいちだったとか…」

「んー?」


頬を膨らましたまま、機嫌良さげに私をみて、「ん」っと口の前にカレーパンを差し出す。


「え…っと…」

「美味いよ。食ってみ?」


ど、どうしよう…お弁当食べたし…カレーパン食べたら…


躊躇はすれど、杉崎さんに「ほら!」って突き出されたら食べないわけにもいかなくて


えーい!


思い切ってかぶりつく。


「………。」

「ど?」


……何これ。
ものすごく、ものすーく美味しい!

スパイシーで少し濃いめのカレーとパンの甘みが合わさって、絶妙な味を口の中に広げてくれる。


どうしよう…美味しすぎて泣けてきた。


「お、美味しい…」

「でしょ?ほい。」


再び目の前に食べかけのカレーパンを差し出される。


「え…?」

「や、美味いんでしょ?食べなよ。」

「で、でも…」

「ほら。」


…い、いいのかな。
遠慮しながら再びパクリと口に入れて、また感動。


「美味しい…!」

「良かったじゃん。ほれ。」


もう一口、もう一口って口に入れられて……

………結局最初の一口以外、私が全部食べた。


って、何やってんの私!


お弁当が足りないからって暑い中わざわざ買いに行ったパンを奪って食べるなんて…
しかも…カレーパンはカロリーが高い……


後悔にさいなまれ、自分の意志の弱さを恨みながら項垂れていたら、ポンと頭の上に杉崎さんの掌が乗った。


「…このカレーパン、カロリーが他のカレーパンに比べてかなり少ないんだって。なのに美味いから評判らしいよ。なんつったっけなー…油で揚げてないやつ。」

「…焼きカレーパン?」

「そう、それ。だから、多少食っても大丈夫なんじゃない?」


少し顔が近づいて、覗き込まれる。
目の前の琥珀色の瞳が、どことなく薄暗いこの部屋でも綺麗に煌めきを集め、私に優しくそれを放つ。


「食いなよ、もっと。ダイエットはまあ…女の子は好きだもんね。だから沙奈がやりたいならいいって思ってたけど、やり過ぎるなら禁止にするよ。」

「それは…こ、困ります…」

「そ?じゃあ…今日からちゃんと食う?」

「は、はい…」


頭を撫でた手がスルリと落ちてきて、私の腰を捕らえて引き寄せる。


「カレーパン美味かった?」

「はい…。」

「じゃあ、買いに行った甲斐があったね。」


身体が密着して、思ってたよりずっと杉崎さんのYシャツが汗ばんでるって気がついた。

杉崎さん…私にカレーパン食べさせるためにわざわざ買いに行ってくれたんだ。


鼻の奥がツンと痛みを覚えて、視界がぼやける。
瞼を伏せがちにして、そのまま少し頭をその胸元に預けた。


「すみません、暑い中、パンを…。」

「あー…うん。暑かったけど。
まあでもさ、自分の弁当あげりゃ済む話なのに、俺的にそれが無理だったから仕方ないでしょ、そこは。暑さ我慢するしかね。」


無理……?


再びきょとんと首を傾げたら、杉崎さんは眉を下げて「あーもう…」と首筋に顔をくっつけた。


「沙奈の作った弁当と暑さ、天秤にかけたってだけの話だってば。」


ふわふわの髪が少しだけ頬をかすめる。


「…いいでしょ?別に。弁当全部食いたかったんだから。」


耳元でポツリと呟かれた言葉に、再び涙が込み上げて来て、でも、頬が緩んだ。


「で?ダイエットの成果は出たの?」

「た、多少…。」

「ふーん…んじゃ、今日の夜じっくり見せて貰おっかな。」

「えっ?!」

「最近、誰かさんがダイエットに夢中で俺の事ほったらかしだったから、今日は徹夜かなー。」

「て、徹っ…」



慌てふためく私を見て、目尻に皺を寄せ笑う杉崎さんに思った。



………“やっぱり私、溶けて良いや”って。