オレノペット








「ただいま…」

「うん、お帰り。」


リビングのドアを開けて入った先で、出かける前と同じくソファの下にあぐらをかいてゲームをしている杉崎さんの姿にホッと安心を覚えた。


買ってきたハンバーグ弁当と野菜炒め弁当と、せめて少しと作った簡単な野菜サラダと即席スープをローテーブルに並べると、「おっ!美味そっ」と目尻に皺を寄せて笑う。


落ち着くな…杉崎さんのいる空間。


ハンバーグを美味しそうに頬張ってモグモグと食べる杉崎さんは、まるで子リスがエサを食べる時みたいにほっぺたを膨らませていて、何だか可愛い。


「あそこの弁当久々に食べたな…。息子元気だった?つか、居た?」

「杉崎さん、話した事あるんですか?」

「あ~…うん。行くたんびにあのバカ息子、何か知んないけど絡んでくんだよね。」


そうだったんだ…。


「私は……いつも挨拶はするんですけど、今日、初めて話をしました。」

「おばちゃん居なかったの?」

「はい。どうやらぎっくり腰みたいで…しばらく息子さんがやるみたいです。」

「ふーん……そりゃ大変だね。」

「息子さんもおばちゃんに似て、親切で優しいですね。
この唐揚げ、私が好きだっておばちゃんから聞いていたみたいで、揚げたてだからって、サービスしてくれたんです。」


杉崎さんが口を膨らましたまま、一旦動きを止めて私を上目使いに見る。それから「ふーん」と興味なさげに呟いて横に置いてあった麦茶を手に取りコクンと飲み干した。


「…沙奈。ハンバーグ食べる?」

「え?い、いいんですか…?」

「うん。はい。」


杉崎さんがお箸で一口サイズに切ったハンバーグを私の顔の前まで持ち上げる。


これは、このままパクッといっちゃっていいのかな…


「ほら」ってせかされて、戸惑いつつも杉崎さんのお箸ごとパクッと口に入れた。


「ど?」

「お、おいひいれふ…」


ちょっとサイズが口には大きかったけど…
“杉崎さんに「あーん」してもらった”って方に意識が行って、胸がいっぱいになったんだって思う。

中々うまく飲み込めない…

苦労しながら口を動かしていたら、杉崎さんがフワリと目の前で笑い出した。


「…ソース付いてる。」


その丸めの人差し指が私の唇の端を少し辿り、付いていたソースを絡め取る。
そのままソースのついた指先を「ん」と私の唇に軽く当て中に押し込めた。


舌先に、杉崎さんの指先の感触


……思わずゴクリとハンバーグを飲み込んだ。


「美味かった?」


杉崎さんは何事も無かった様に小首を傾げて余裕の笑顔。


その追い打ちに私は鼓動が激しく強く打ち、身体中が熱くなる。


「……。」


そのまま、目線を逸らし俯いた私の頭に、杉崎さんの掌がポンと乗っかった。


「沙奈」

「…はい。」

「食い終わったら昼寝しよっか。俺、結構寝不足かも。」

「食べてすぐ寝るのは…」

「へーきじゃない?眠りはしないだろうから。」


寝不足なのに…眠らない?


「杉崎さん、眠れないんですか…?」

「ああ、まあ…さすがに沙奈のイイコエ聞いたらすげー冴えるよね。」


落ち着き始めていた熱が再びカッと再燃し、思わず目を見開いた。途端に杉崎さんは含み笑い。


も、もしかして、わざと……


「お、お昼寝なんて、し、しない…」

「ダメ。俺が寝るつったら寝んの。」


腕を引っ張られて抱き寄せられた。


「何度も言ってんでしょ?“あなたは俺の”」


…今まで、こう言われる時って何故か不機嫌になった時だった。
けど、今日は…穏やかで優しい声色。


『もしかして彼氏?』

『…違います』


気持ちが痛くて、息苦しさすら感じて

恐る恐る…杉崎さんの背中に手を回して、引き寄せた。


くふふと柔らかい笑い声が耳元でする。
身体に直接伝わってくるその温もりと、少し速い鼓動に安心を覚えて、熱くなってきた瞼を伏せた。


…このまま溶けちゃえばいいのに。


「沙奈…行こっか。」



私の身体に沢山のキスを降らせながら、乱れた前髪の向こうで妖艶に笑う幼顔に感情が高ぶり、視界がぼやける。



……啓汰に会って、恐怖心とか罪悪感とか…沢山の負の感情が襲ってきたけど、そのやり取りですら、今、この瞬間はちっぽけに思える。
その位、私にとってこの人の腕の中は“居場所”になってしまってるんだ。


彼に身を委ね、引き寄せ、飛びそうになる意識の狭間で、確かに思った。


杉崎さんの腕の中で、溶けて無くなってしまうならば、本望だ…と。