◇
何だか、制服の事で勝手に慌てだして、”唯一無二“って言ってんのに分からない鈍感を横目に沙奈の弁当に舌鼓。
あー…久々に食べたけど、やっぱ美味い。
なんて、幸せ噛みしめてる俺とは正反対に、沙奈は真剣な表情のまま、パンも食わずに俺を見てる。
「私、やっぱり杉崎さんのお誕生日をお祝いしたいです。教えてください。」
…また始まった。
クリスマス以来、何かにつけて聞いてくんだよね…。
やっぱり、皆山さんの誕生日会をやった事を拗ねたの失敗だったかな。
俺も別に祝って欲しくて拗ねたわけでもないんだけど、沙奈の中ではそうなっちゃってんだろうね。
「…この歳になると祝って貰わなくてもね?沙奈の気持ちだけで充分だよ?」
とりあえず、そう返してみたけど、それでこの真面目が納得するわけもなく、ちょっと悲しそうに口がへの字に曲がる。
「どうして教えてくれないんですか?」
「や…別に教えたくないわけじゃないけどさ…ほら、そういうアニバーサリー的なイベントって色々あるでしょ?他にも。だからいっかなーって。
つか、沙奈だって、大事な日とかさ…あんじゃないの?誕生日じゃなくても。」
「大事な日…ですか?」
「…そう。
記念日的なさ…そういう方が大事だったりするでしょ?無い?そういう日…」
「そ、そうですね…あります。」
……あるんだ、『大事な日』。
誕生日の話をはぐらかす為に適当に言ったのに、思わぬ地雷かも。(俺の)
「…いつ?」
「そ、それは…んんっ」
躊躇する沙奈の頭を横から無理矢理引き寄せて、キス。
あるでしょ?って促しといて、「ある」と言われムカつく。
どうなの?この身勝手な感じ。
いや、でも知りたいじゃん俺の誕生日から気が逸れる程、沙奈にとって『大事な日』
「…言いたくないの?」
「ち、違います。
ただ、い、言っても…杉崎さんにとっては『そうなんだ』位だと…」
「そんなの聞いてみなきゃ分からないじゃん。」
しつこい俺に、沙奈は困り顔で瞳を潤ませる。それから目線を気まずそうに外してポツリと呟いた。
「………5月20日です。」
…………。
一瞬、頭の中が真っ白になったって思う。
相変わらず気まずそうに口をとがらせ、カレーパンを紙袋から取り出す沙奈。もう話を終わらせたいのは明らかで。
だけど、俺の気はこのまま収まるワケはない。
だって、俺の誕生日を知らない沙奈が何よりも大事にしてる日が“5月20日”って言ってんだよ?
その手首を掴んで
「ねえ、なんで、その日なの?」
「そ、それは…」
そのままギュウッと横から抱きついて顔を首筋にまた埋めた。
「…沙奈、半休とって帰るよ。ゆっくりワケを教えて貰う。」
「えっ?!」
「食い過ぎて腹痛、それで早退。」
「…お弁当しか食べてませんよね。」
「いいから、早退。今日は絶対早退。シリシさんとの新年会もキャンセル」
「ヤダ!」
「……。」
「す、すみません…で、でも…」
「……わかった。じゃあ、早退してちゃんと教えてくれたら、夜だけ送り出してあげます。」
「う…。」
あー真面目に働いて来て良かった。
俺が半休とって、ねぎらってくれる人はいても、誰も不服言う人はいないもんね。
俺の激務、この日の為だった、絶対。
沙奈にも半休を無理矢理取らせて(日頃の努力により仲良くなった経理課の人達に沙奈の知らない所で根回しした)帰った家。
「じゃあ…ワケを聞かせてもらいましょうか?」
ソファの下のラグに座って、その前に沙奈を座らせて包み込む。
その肩に顎をのっけて、耳たぶを甘噛みしたら、赤く染まる沙奈がピクリと微かに揺れた。
「だ、だから…」
「…うん。」
「……」
観念した様に溜息を1つ落とす沙奈。
「…ご、5月20日は、す、杉崎さんと出会った日だから。」
肩に乗る俺を潤んだ目で見ると、また前を向いた。
「…私には、5月20日は絶対に忘れない大切な日なんです。」
「…最悪な日、じゃなくて?」
「さ、最悪なんてとんでもない!」
俺の方へ今度は身体をくるりと俺の方へ向ける沙奈。口を尖らせたまま、俺の首に腕を回して、顔を埋めた。
「……私、杉崎さんに出会えて本当に幸せなんです。本当です…。」
そんな沙奈を腕を回してギュウッと固く抱きしめた。
…俺のどうしょもない言動にあれだけ振り回されたのに、そんな風に言ってくれるなんてね。
互いに引き寄せ合って深くした口づけの先でつくづく思った。
『絶対、二度と、離してやんない』って。
◇
「沙奈…」
暗がりの部屋の中、乱れた髪をその指で掬い優しく私の名を呼び、抱き寄せる。
そんな杉崎さんの感触がもっと欲しくて、自ら首に腕を回して引き寄せた。
素肌が触れ合い、汗ばむその身体がつい数分ま前までの二人を思い出させる。
「…明日もこっちに帰って来ます。お弁当も、作りますね?」
「ん…」
吐息の掛かり合う距離で話をする事に少しだけじれったさを感じていたら、ふわっと唇が少しくっついた。
「…そろそろ、シリシさんとの新年会に行く?」
「は…い…」
「おっ!行きたくなくなった?」
「ち、違います!」
ムウッと口を尖らせたら、目尻に皺を寄せ杉崎さんが笑う。
「まあ、シリシさんによろしく言っといて?“すぐ返せよ”って。」
“返せ”って…何を?
「杉崎さん、シリシさんとどこかでお会いしたんですか?」
「あー…うん。おじさんのパン屋でね…。ってあの二人、言い合いしてる割には気が合ってるよね」
「杉崎さんもそう思いますか?」
「あ、やっぱ、沙奈も思ってたんだ。」
二人で笑い合うと鼻先が少し触れ合った。
「じゃあ…行ってきます。」
「うん。」
もう一度互いに引き寄せ合って、今度は深くキスをする。
何度も触れ合う唇は、優しくて…甘い。
気持ちの奥が柔らかく満たされていく。
“懐きなよ、ペットさん?”
居酒屋で出会って、杉崎さんの所にお世話になって…
それからずっと、今も、言葉ではなく、こうして触れる事で、接する事で…『大事だよ』『大切だよ』っていっぱいいっぱい示してくれる杉崎さん。
これから少しずつ私も、杉崎さんが『大好きだ』って…『大切だ』って、伝えて行こう。
「それで…杉崎さん…誕生日…」
「俺は歳取らないから。」
「………。」
くふふとご機嫌の笑顔でまた私を抱き寄せ「また今度ね」と頭を撫でてくれる杉崎さん。
その腕の中の居心地にまた満たされて瞼を閉じた。
“俺の誕生日は……”
私が杉崎さんのお誕生日を知ることが出来るのは、もう少し先の事……。
『オレノペット』fin.



