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お互いに年末は忙しくて、俺の勤務時間がバラバラだったせいもあって、昼飯一緒に食べるなんて全く出来なかったから。
仕事始めの今日、久しぶりに通常出勤だし、沙奈の弁当一緒に食いたいなー…なんて呼び出しかねて、提出書類の端に、裏に“昼休み在庫管理室”って書いた付箋をはっつけて持って行った経理課。
先客の唯斗に見惚れてるらしき沙奈の姿があった。
まあ…久しぶりだからね。
唯斗を間近で見たらそうなるのも無理ないと思うけど。
何を赤くなってんのよ、あなたは。
おかげで唯斗がものすごくニヤニヤしちゃってんじゃないのよ。
沙奈ってさ…全部素直に表情に出るよね…
何となく、イタズラしたくなって、本来白紙にしといた表に走り書きして、しれっと差し出した。
付箋を見て、目を輝かせたなーって思ったらその後ムッと口を尖らせる。
あー…すっげー良い反応。
まあ…全部素直に出るっつーのが沙奈の良いとこだからしょうがない。
唯斗に見惚れてたのは、俺のひろーい心で見なかった事にしてあげましょう。
付箋をひっくり返して裏面を見せてから一旦立ち去った経理課。
今日は一日書類の整理が主だから、少し早めに仕事を切り上げて“Baeckerei Yamada"に向かった。
「いらっしゃいま…おっ!遥!お疲れい!」
「…どうも。」
「どうだ?調子は。風邪治ったの?ん?」
「や…まあ、さすがに治りましたけど。」
「そか。んじゃ、食えんな!沢山!」
トレーを自ら取り、陳列されているほとんどの種類のパンを機嫌良くそこに乗せていく山田さん。
「もし食い切れなかったら、冷凍な!」
「絶対食い切れません。」
ふにゃふにゃと笑うその顔に、何となく照れくささを覚えて、どうも上手く言葉が出ない。
自分は倒れちゃって分からなかったとはいえ、沙奈が山田さんを頼ったのは間違いなくて。パン屋があんな時間にたたき起こされたら、きっと次の日辛いに決まってる。
けれど、この人はちゃんと沙奈に協力してくれた。
しかも、沙奈自身じゃなく、俺の事なのに、嫌な顔1つせずに。
だからさ、本当はちゃんと言おうと思って来たんだよ。
『その節はお世話になりました。』って。
「全部半額にしちゃる!」
「…おじさん、そんなことばっかしてると店潰れるから。」
提示された金額の倍をお支払いしてたら
「あたしも半額にしてよ、たまには。」
突然隣から、スッと通った声がした。
「んだよ、おめえ。来たのか。」
眉間に皺を寄せた山田さんに、ニッと笑う唇は紅いのに、白い肌が印象的で違和感がない。
この前も思ったけど堂々としていて凜とした雰囲気があるよね、“シリシさん”て。
「何の用だ!」
「パン屋に洗剤買いに来る程あたしはバカじゃない。」
「へっ!洗剤売ってやってもえーぞ!」
何となく、山田さんて本気で嫌いな人は相手にしなそうなイメージだったんだけど。
もしかして、警戒しつつもシリシさんとどことなく気が合ってんのかな…性別云々じゃなく、根本の部分で。
二人のやり取りを見てたら、シリシさんが俺の下げてる紙袋を一瞥した。
「…沙奈が喜ぶかなって思って買いに来てみたけど、無用だったね。」
トレーに数個パンを乗せそれをカウンターに置いた。
「…悪いね優男。今すぐあんたに沙奈を返せなくて。」
「や…俺は別に…」
「そう?あたしは結構本気で沙奈が隣の部屋にいる生活がずっと続けば良いって思ってるけど。」
「じゃあね」と黒髪を艶めかせ去って行くシリシさん。
「かりん!塩蒔け!……かりん?」
「え?ああ…はい…」
「居たんだ、かりんさん。」
「あ、杉崎さんいらっしゃいませ!」
「かりん、何厨房でぼーっとしてんだ」
「レジを打つ山田さんの横顔に見惚れててつい。」
「おめーは何しに来てんだ…」
項垂れてる山田さんに苦笑いしたら、「ほら、はよ行け」と背中を少し押された。
「シリシの言う事なんて気にすんな。あいつもわかってんだよ。沙奈ちゃんにとって遥は唯一無二だって。
だからこそ、あいつは今沙奈ちゃんと過ごす時間をより大事にしてんだって思うぞ。」
ニコニコ手を振る山田さん。それに素っ気なく「どうも」って挨拶して背中を向けた。
山田さんてさ…サラッと良い事言うからヤダよね。
「…ったく、どうすんだよ、この大量のパン。」
人知れず呟いた言葉は、雑踏に消えて行く。「山田さんありがとう」って思った気持ちだけそこに残ってフウッとまた息を吐き出した。
“唯一無二”…か。
まあ…俺にとっちゃ、沙奈はとっくにそうだけどね。



