オレノペット








「あ、あの…出張…」

「行きましたよ?ちゃーんと全部成すべき事をこなして来ました。」


“成すべき事”…


言葉に少しひっかかりを覚えたけれど、優しい声色と温もりが私を包み、不安は微塵も無い。



ずっと…こうやって杉崎さんは私を守ってくれていたんだよね。


言葉ではなくて、全て態度で表してくれていた。


『守るよ』って。



「出張、もっとかかるのかと…。」

「…何、帰って来て欲しくなかったの?」



少し強く抱き寄せられた。


「…沙奈が言ったんでしょ?『早く帰ってこい』って。」


言った…言ったよ?
ずっと…杉崎さんが発った日から『会いたい』って思ってた。


今度は私がギュウッとしがみつく様に杉崎さんを抱き寄せる。


「お、お帰り…なさい…」

「…辿々しい。」

「だって…」


 “サンタクロースが会いに来た”


本当ですね、駈さん。
ちゃんと、一番欲しいものを届けてくれた。


少し杉崎さんが身体を離し、部屋の中を見る。


「…何?パーティー?」

「あ…はい…。今日は皆山さんの誕生日でもあるので…皆でパーティーを。」

「……ふーん。」

「あ、杉崎さん、あがってください。お夕飯食べますか?」

「や、いいや」

「じゃあお酒とか…」

「それもいい。」

「…パンがゆ」

「出た、“パンがゆ”」


ハハッと笑いながら靴を脱ぎあがると、コートも脱いで片付けきっていないローテーブルの前に腰を下ろし、私を手招き。


「あの…何か欲しいもの…」
「沙奈」


左の手首をギュッと掴まれて強く跳ねた鼓動は、そのまま全身をかけ出して行く。


「”持ってけ泥棒“でしょ?」

「……それは無かった事に。」

「出来ないってば。ったく、すぐ無かった事にしようとするよね、沙奈は。
つーわけで、沙奈が無かった事に出来ない様にすることにした。」


「座って?」と促され、そっと正面に正座をした。

杉崎さんが、私の手首を返して掌を上にすると、そこに小さな小箱を乗せる。


それは…少し薄めのエメラルドブルーに、白いリボンが十字にかけられた…小箱。


こ、これって……


お洒落にそれほど詳しくない(どちらかと言うと疎い)私ですら知っている…アクセサリーのブランド…だよね。

しかもこの大きさ…まさか…


目を見開いて固まってる私の目の前で、そのリボンが杉崎さんの指によってスルリと外される。


「…俺もさ、これでも色々考えてたわけ。
沙奈がね?こうやって既に新しい生活に馴染んでて、それをすぐに無くして俺んとこ戻ってくるのも違うんだろうなーってさ。
それに、俺んちにまた来るのも多分…沙奈にとっては前と変わんない感覚で…『お邪魔します』なんだろうなーって。 」


解けたリボンの下の箱を今度はその指がそっと持ち上げた。

中からは黒のビロードの小さなケースが顔を出す。


「けど、俺はそれじゃあ嫌なわけ。…だからつって、沙奈がずーっと居ないのはもっとヤだし。
ここの部屋は…風紀を乱すから、入り浸るなって王子に言われてるし。」


「だからね?」と言った杉崎さんの手によりそのケースが開いた。


部屋の中はそれほど照明が明るいわけでもない。
けれど、黒いケースの中のそれは、その存在を強調するかの様に、光りを集め、放つ。


「“じゃあ、俺の嫁にしちゃえばいっか”ってね。」


鼓動が更に早く駆け巡る。顔と同じくらい、気持ちも上気している感覚で、思考が上手く、回らない。


「…嫁。」

「うん、嫁。
つってもさ。嫁になるためには色々準備もあるだろうし、すぐには無理でしょ?
だから、その間は沙奈はここで暮らせばいいし、けど、俺の嫁になんだから、俺んちも沙奈んちになるわけで。堂々と自分の家として帰って来られる。
本格的に俺んちに住むのは…まあ、沙奈のペースでいいから。そこら辺は自由にやったらいいと思うし。」


ああ…どうしよう……涙が、溢れる。


「…俺と結婚してくれる?」


小首を傾げて笑う笑顔は絶対柔らかいのに。
くれる言葉を噛みしめて、ちゃんとこの光景を覚えていたいのに。

視界がずっとぼやけたままだ。


「沙奈、どう?俺の“提案”」


頭を引き寄せられて、コツンとおでこ同士がぶつかった。


“提案”……か。


…変わらない。
杉崎さんは、こう言う人だ。


私の事を考えてくれて、私を…大切にしてくれる。
けれど、私にどうするか…ちゃんと考える余地もくれる。


「…ありがたくペット卒業します。」

「とっくに卒業してんじゃん。 」


どんどん込み上げてくる堪えきれない涙。何とかお腹に力を入れて言葉を押し出した。


「杉崎さん…ありがとう。大好き。」


どの位ぐしゃぐしゃな顔になっていたかはわからない。懸命に作った笑顔がどの程度笑えてたのかもわからない。


でも、私の言葉に、ぼやけた視界の向こうで杉崎さんが綺麗に微笑んでくれたのは、間違いない。



より頭を引き寄せられて、フワリと唇が重なった。


「…出来れば、週3位は帰って来てよ?」

「はい。」

「…やっぱ週4。」

「……はい。」

「週5」

「……。」


笑う私を「あー…もう。」と固く抱き寄せる杉崎さん。


「…やっと貰えた。沙奈、くれるつったのに、くれないんだもん。」


…そういう意味…だったのかな。
まあ、その辺はいいか…曖昧でも。


どっちみち、“いくらでもあげます”は本心だから。


「何だか知んないけど、他の男の誕生日を自分ちで祝ってるし。」

「そ、それは…」

「俺がこんなに早く戻ると思わなかった?」

「そ、そういうわけじゃ…」


多分、杉崎さんが居ても皆山さんの誕生日会はしたと思うし。


「まあ、沙奈が楽しいならそれでいいけどね…」


言葉とは裏腹に、より抱きしめる力が強くなる


「俺が居なくても沙奈は楽しいんだもんね…」


また…いきなりわかりやすく拗ね始めた。


「す、杉崎さんの誕生日は…もっと頑張ってお祝いします。」

「そ?」


そういえば私、杉崎さんの誕生日がいつだか知らない……


「あ、あの…杉崎さんは誕生日いつ…」


そう言った私を少し引き離してジッと見る杉崎さん。


「さあ…いつだったかな?」


小首を傾げ、意味ありげに笑った。