オレノペット















リリイが沙奈に食ってかかった翌日


リリイは昨日までが嘘みたいに、引き締まった顔をして、俺との関係も昔を彷彿させるような、あっさりしたものに変化をしていた。


会社から帰ったら沙奈が「リリイさんとランチしました」って言ってから、その時に何かリリイ的にあったのは間違いないんだけど、その情報が無くても、リリイの変化くらい、簡単に気が付いた。

そして、多分リリイも俺がその変化に気付いている事を分かってる。


その位、リリイとは長い時間を共にした。


リリイは本来、性格もさっぱりしているし、人を非難するよりも、目の前の改善を目指すタイプで明快闊達。


たけど、マイクの事だけはどうしてもそうはいかなかった。


どうしてマイクとそういう関係になったかはよくわかんない。

でも…な…。


まあ…男の目から見りゃ…どっちかっつーと…マイクがリリイにハマってた感じだったんだけど。


いかんせん、マイクはきつい事ばっか言うから。

本来のリリイとは全く正反対のタイプ。


どことなく気の引き方が子供っぽいっつーか、大人げないっつーかね。


俺が日本に再転勤届けを出した時「(残念だ)」なんて口では言ってたけど、ものすごーく機嫌良さげだったもんね。


合ってんのかな?この二人。って思うけど。

結局リリイはマイクから離れられないんだから、仕方ない。


そして、沙奈にハマった今となってはマイクの気持ちはよく分かるし。


男ってほんとダメな生き物なんだよ。
好きだと、その人に対しては何だかしんないけど、うまく計算通りにはいかないっつーかね。


多分、どこか冷静でいられなくなるんだろうね、その人が絡むと。



飛行機のソファにもたれ、毛布をかけて目を閉じる。


『早いお帰りをお待ちしてます』


…結局、沙奈に手を出せずじまいで出張だもんね。

あーほんと、最悪。


自分の体調をこんなに呪った事今まで無いわ。

絶対に、即行帰る。

やるべき事やったら。



仕事は、マイクと会って、新規プロジェクトの話と、再トラブルが発生したカナダの会社との調整が主だから…


後は、マイク次第かな…

あの人、絶対俺にリリイの不調を責任転嫁して『残れ』って言うに決まってんだよ。













「(ハルカ、助かるよ。君がいなければこのプロジェクトは進まない)」


機嫌良さげなマイクに迎えられて、昔の仲間との再会も果たし、順当に仕事をこなす。


「(カナダの会社との話し合いは日本に居る間に少ししてきたから。リリイが間に入ってくれてる。)」

「(リリイで大丈夫なのか。)」

「(リリイでダメならもう諦めるしかないと思うけど。)」


マイクとリリイの間に立つのも久しぶりだけど、違和感無くて。スムーズに話し合いは進む。


「(先方の担当とも話し合い済みよ。このまま提携して話を進めて行く事で一致しています。)」


リリイも、もっとぐらつくのかと思ったら、マイクに対しても全く物怖じせずで、テキパキと仕事をこなしてく。


そんなリリイにマイクは満足げ。


「(やっぱりお前はハルカがあってこそだな。)」


休み時間、コーヒースタンドで三人並んで軽食を取っていたら、マイクが真ん中でそう機嫌良く笑った。


「(ハルカ。手配はすぐ出来る。お前はこのままここに残りなさい)」


…やっぱ来たな。
仕事より、こっちのが厄介だったりして。


丁重にお断りをしようとカウンターにもたれていた身体を起こす。


けれど、俺が口を開く前にリリイが先に穏やかな笑みと共に口を開いた。


「(…何言ってるの?マイク。ハルカは留まる必要はないわよ。)」


少し怪訝な顔に変化したマイクに、リリイが向かい合った。


「(私、気が付いたのよ。日本に行かせて貰って。私は“ハルカがあってこそ”じゃない。
マイク、“あなたが側に居ない事”こそ、自分らしく仕事が出来るのよ。)」


…そう、来ましたか、リリイさん。

眉を下げつつ、一歩進んだリリイを心ん中では「すげーじゃん」と賞賛。


当のマイクは驚きを隠せないのか、目が大きく見開いた。


「(な、何を言ってるんだ…)」

「(私、今回の新規プロジェクトには参加しないわ。と言うか、会社をもう辞めるつもり。
あなたは私の一部しか知らないでしょうけど、これでも私、モテるのよ。ここを辞めてもちゃんと仕事はあるわ。)」

「(そ、そんなに急に…)」

「(あら、私をクビにしたいって言っていたのはマイクよ?
自主退職の方が体裁がいいでしょ?そして足を引っ張っていた私が居なくなるんだもの。ハルカ本人が希望もしていないのにここに留まらせる理由もない。本社は彼を必要としているんだから。)」


「(じゃあ、先に戻るわね)」とコーヒーを飲み干したリリイはニッコリ笑って去って行く。


途方に暮れているマイクの空のカップを「(捨てとく)」って受け取った。


「(ど、どういう…事だ…。リリイに何が…)」

「(や、あれが本来のリリイじゃない。なんの驚きもないけど。
リリイがモテんのも事実だしね。
昔からヘッドハンティング何社来てんだって感じだし、今回の出張でも本社の社長が直々に『日本に来てくれないか』なんて言ってたし。)」


冷静に言った俺を蒼白の顔で見る。そんなマイクに苦笑い。


「(ハルカ…君はこのままNYに残れないのか…。そうすればリリイも…)」

「(残れません。つか、俺が残った所であの人の意思は変わらないと思うよ?どちらかと言えばマイク次第だと思うけど。)」


俺の即答にマイクがそのまま掌で顔を隠し、はあと大きく溜息をついた。


まあ…マイクも変わらないとね。

立場的に仕事も絡むからリリイにつらくあたってた面もあるんじゃない?


だから…リリイも敢えて、マイクから離れるって選択をした。


“離れる事”は悪い事じゃない。


距離を取る事で見えることもあるし、気が付く事もあるし。



スタンドにマイクを残して、NYの5番街を一人早足で“目的地”まで歩きながら沙奈を思い浮かべ、心ん中でまた苦笑い。


…まあ、俺はもう沙奈と離れるのは勘弁だけどね。


“目的地”で目的を果たした後、会社へ戻り、腕時計で日付と時間を確認した。


リリイ…絶好調だから、この分だと、明日にはチケット手配して日本に戻れるかな?


どの位時間がかかるか分からなかった新規プロジェクトの話も、概要を聞くと日本に持ち帰って唯斗の意見を聞きながら打ち合わせした方が良さそうだし、別にNYにゆっくり滞在したいとも思わないし。


や、もうこの際、会議の合間に飛行機手配してきちゃおっかな…


ミーティングルームに戻ったら、俺がぶら下げてる紙袋を見てリリイが苦笑い。


「(何よ、もう日本に帰りたいの?)」

「(うん。そう。)」


「(しょうがないわね…)」と鞄から取り出し、俺に「(はい)」と渡したもの。


それに思わず目を丸くした俺を「(ハルカを驚かせた!)」と楽しそうに笑った。


「(や、驚くでしょ。いつの間に手配したの?…飛行機のチケット。)」

「(何年一緒に居たと思ってるのよ。あなたの考え位お見通しよ。
と言うかね、クリスマス位、ちゃんと側に居てあげないと、他のサンタに持ってかれるわよ?あの子。)」


チケットの日付と時間を確認し


「(に、してもだよ?…これ、間に合う?結構すぐじゃん)」と笑う俺にリリイも穏やかな表情を返す。

「(…ごめんなさいね。ハルカ。振り回して。でも感謝してる。やっぱり一緒にNYに来てくれて本当に助かったから。)」


柔らかい笑みを浮かべると、俺の肩をポンと叩いた。


「(とにかく、飛行機出発時刻に間に合うように“やるべき事”は全部やりましょ。あなたが日本の大事に集中出来る様に。)」


…沙奈がリリイを押し倒したってもめてた時とはだいぶ沙奈に対するリリイの気持ちが変化してる。
まあ、沙奈をランチに誘う位だから、それなりに俺の言葉も効果はあったんだろうけど、それだけでこんなに変わるとは思えないよね…。


「(ねえ、リリイさ、日本を発つ前、沙奈ともっかい話したよね?)」

「(あの子は何て?)」

「(特には。『話した』とは言ってたけど。後、駈さんと知り合いだったってのと、奢って貰ったから申し訳なかったってそれ位。)」

「(…そう。)」



タブレットから目をあげたリリイは、含み笑い。


「(…ハルカ、あなたはラッキーな人ね。)」


そう言うと、「(さっきのサンライズ社の案件だけど…)」と仕事に話を切り替えた。


沙奈…リリイに一体何したんだろ。
まあ、本人に聞きゃいっか。