窓枠を北風がカタカタと揺らす。それに応える様に、窓を開けた。
空には無数の星が瞬いている。今日は朝からずっと雲1つない晴天で、雪は降りそうもない。


ホワイトクリスマスにはならないけれど、皆山さんにぴったりの天気かもしれない。


久我家の門の内側にある立派なクリスマスツリーをここから見える風景として、スマホにおさめ、それを『メリークリスマス』という言葉と共に、杉崎さんへ送信した。



コンコン


「沙奈、来たぞ。」


ドアが軽快にノックされ、シリシさんの声が聞こえる。
慌てて窓を閉めて、満面の笑みでドアを開けた。


「シリシさん、メリークリスマス!」

「…あんた、あたしを誘惑してるね?」

「えっ?!」


楽しそうに「邪魔するよ」と中へと入ってくる。
部屋の中の装飾に、少しフッと吹き出した。


真っ白な雪だるまの小さな置物。
クリスマスツリーは、雪だるまを買ったのと同じ100円ショップにあった、流木と貝殻、光沢の無いゴールド系の飾りで作り、ホワイトの電飾を巻いて麻紐でタペストリーの様にぶら下げてみた。

それから、ポインセチアとシクラメンの小さな鉢植え。
そこにパステルカラーの風船と毛糸で作った飾りと“Happy Birthday”のガーランド。


「だいぶクリスマスと誕生日が混同してんね。」

「はい。今日はクリスマスだけど、皆山さんの誕生日だから。」


…リリイさんとのランチの後、久我さんにはお礼のメッセージを送って。杉崎さんがアメリカに発った日、アパートに帰ってきたら、クリスマスツリーを眺めてる久我さんに会って。

皆山さんの誕生日が25日だと聞いた。
毎年、お互いに忙しくて祝ってあげられないと言う久我さんに、私が準備しますと申し出た。


「ほんと、あんたは律儀というか、バカというか…わざわざ大変な事を買って出るとはね。」


シリシさんが、キッチンでオードブルの準備をしている私の横にお酒の入ったグラスを片手に立つ。


「歓迎会が本当に楽しかったから。また集まれたらいいなって思っただけです。」


…皆に色々お世話になっているから、そのお礼もしたいし。


不意に後ろで1つに束ねている私の髪をシリシさんがそのすらりとした人差し指で少し掬った。


「わかってるって。相変わらずいい女だなって思っただけ」

「ま、またシリシさんは…」


戸惑う私をクッと笑うと、頭をポンポンと撫でた。


「今年のクリスマスはいいね。可愛いあんたと一緒に過ごせる。」

「し、シリシさん…わざと言ってますね。」


横目でムウッと睨んだ私を笑いながら出来上がったオードブルのお皿を運んでくれる。


「そういや、優男はどうなった?今日は来るの?」

「杉崎さんは、出張でアメリカに行ってるので…」


一応笑って見せたけど、シリシさんには多分、私が寂しいと思っているのが伝わってしまったんだって思う。再び近づいてくると、頭をまた撫でる。


「優男が置いてけぼりにしてるなら、浮気すりゃいい。あんたは引く手あまたなんだから。」


そう優しく微笑んだ。











…杉崎さんが出発して4日。

連絡は一度も無い。


仕事で行っているし、時差もあるから…仕方がないと自分に言い聞かせてはいるけど…


さっき送ったのが杉崎さんが発ってから初めてのメッセージではあるけど…


クリスマスツリーの画像を再び見た。


既読にはなってるな……。


コンコン


「おーい…沙奈ちゃん、開けて…」


山田さんがやってきた。

ドアを開けたらフワリと香ばしい良い香りが広がる。


「今日も良い匂いですね」
「毎度ピザで悪い。」
「いえ!ピザ大好きです!山田さんのは特に!」
「やっぱり沙奈ちゃんはええ子やのう…」
「パン屋、ケーキはどうなった?」
「…おめえもう居たのか。」


シリシさんが目に入った途端、山田さんが口を尖らせる。その光景がどことなく微笑ましい気がして笑いが込み上げた。


「ケーキは私が作りました。今日、山田さんの厨房をお借りして。」

「かりんが教えた。」

「かりん…?」


シリシさんが少し顔を傾ける。


「かりんさんは、山田さんのお弟子さんでパティシエさんです。今日、良かったらとお呼びしたんですけど、どうしても日付をまたぐ前に作りたいものがあるからと…」

「そういうこと。だから、俺も2時間くれえで行かないと。」

「なんだ、それ以上居座る気だったのか。」

「おめーは本当にヤなヤツだな…」


また口を尖らせながら、「こっちは沙奈ちゃんにあげる」と大きめの紙袋を手渡してくれる。
中からピザとは違うけれどとても良い匂いがしてきて、見てみたら


あ…カレーパンだ。


他にも クリームパンや食パン、白いロールパンみたいなものも入っていた。


「俺からのクリスマスプレゼント。食べきれない分は冷凍したらええよ。」

「なんだ、結局沙奈を口説いてんじゃん」

「うるへーお前は黙ってろ」


なんていいながら、シリシさんにも差し出してる。


「沙奈よりだいぶ小さい」

「そりゃそうだろ。」

「だね、気持ちはわかる。」


山田さんのコップに「飲みなよ」とお酒を注ぐシリシさん。山田さんもそれに「おお、ありがと」と嬉しそうに目を細める。


…結局、仲良しって言えば仲良しなんだろうな、この二人も。


二人が飲み始めたのを見守っていたら、到着した人


「メリークリスマス…ってちょっと!今日って俺の誕生日会してくれるって言ってなかった?既に飲んでんじゃん!」


皆山さんの笑みに、どことなくお部屋が暖かみを帯びた気がする。

相変わらず…気持ちを温かくしてくれる人だな…


「唐揚げ、お疲れ。生誕おめでとう。」

「安生ちゃんのお母さん、生んでくれてありがとう!」


カップをあげて挨拶をするシリシさんと山田さんを「もー」と楽しそうにしながら、私に「はい!唐揚げ!」と袋を差し出した。


「ありがとうございます…今日は手ぶらでと言ったのに…」

「沙奈ちゃんが唐揚げ頬張る所を見たいの、俺が!」

「唐揚げ、良い事言った。」

「でしょ?」


シリシさんに賛同されて機嫌良くお酌を受けてる皆山さん。
それを見ながら「沙奈ちゃんは本当にええ顔してんもんね」と山田さんがふにゃっと笑った。


唐揚げを食べる顔がいい顔。
それは…喜んで良いのかな…


ミモザサラダと和風ドレッシングのナッツサラダを出していたら、久我さんが登場した。


「お待たせ…って何?!もう飲んでんじゃん!え?俺結構早めに到着したつもりだったんだけど…」

「駈、お疲れい!」

「うん、尚太君、お疲れ様…」

「駈、俺、誕生日!」

「そうだね、安生、おめでとう…」

「大家、大変だな、色々。」


丁寧に対応する久我さんを楽しげにシリシさんが笑い、コップを持たせてそこにお酒を注いであげる。


「まあ…じゃあ、カンパイする?」

「そうですね…」


久我さんの音頭で、始まった皆山さんのお誕生日会は、歓迎会の時同様、終始笑いに包まれていて楽しかった。


同様…ではないか。
あの時より、もっともっと、楽しく感じる。
それだけ、私が皆を知り、好きになっているって事、だよね…



永遠に思えた楽しい時間はあっと言う間に過ぎて、「俺、そろそろ行かにゃ」と山田さんがスマホで時間を確認した。


「尚ちゃん、今日はありがとう!」
「んにゃ、安生ちゃんおめっとさん!」


二人で何故か抱擁し始めて、それを「相変わらず仲良いな~」と久我さんが笑う。そのスマホが着信を知らせ、「ちょっとごめん。」と少し背を向けた。


…けれど。
また振り返り、私を見て唇の片端をクッとあげた。


「…どうやら、我々もこのタイミングでおいとましないといけないみたい。」

「え…?あ、あの…私はまだ平気ですよ?」

「いや、さすがにね…」


スマホをポケットにしまうとコートを手に取る久我さん。


「沙奈ちゃんにどうやら、サンタクロースが来たみたいだから。」


サンタクロース…?


「サンタ?!何それ!俺も会いたい!」

「や、安生はさ…」

「唐揚げ、飲み直すから行くよ。大家の部屋。」

「えー!駈の部屋、超広いけど、汚いよ?」

「心外な!俺の部屋、ゴミとか落ちてねーし!」

「ゴミは落ちてないけど、物が落ちてる!足の踏み場がない!」

「じゃあ綺麗じゃん。」

「えっ?!シリシさん、そっち派?!」


皆山さんが驚き笑い、久我さんはドヤ顔。


「シリシさんに賛同されると何かすげー嬉しい!んじゃ、場所移動しましょうか。」

「沙奈、良いクリスマスをね。」


シリシさんが綺麗に笑い、それを最後に全員居なくなった。


私も久我さんのお部屋を見てみたかった…。


その前に、サンタクロースとは一体。


ど、どうしよう…変な人だったら。
や、でも…久我さんがここに入れる位だから………変な人ではないはず。


誰…だろう。


結局答えも出ないまま


コンコン


ノック音が響いた。


「は、はい…あの…どちら様…」
「……俺ですけど。」


一瞬、頭の中が真っ白になって、身体全てが固まった。
う、うそ…だって…確かに数日前出張に…


コンコン


「おーい……」
「……」
「……開けますよ」


遠慮がちにドアが開いて、目の前に現れた人。


す、杉崎…さん…。


私を見るなり、腕で口元を隠して含み笑い。


「すげー固まってんですけど。」


それから、私をふわりと抱き寄せた。